小説

『鬼婆の旅立ち』室市雅則(『安達ヶ原の鬼婆』)

 違う声が外から聞こえた。
 鬼婆はすでに人馴れしたのか、自然に『はい』と返事が出た。
 戸を開けると、鬼婆の先程、室内に招き入れた男女と同じような連中が列をなしていた。
 一同は、全員がにこやかで、不思議な多幸感を発していた。
 鬼婆の肌が粟立った。
「何だぁ、これ…」
「みんな、テレビ見て来たんじゃないですか?」
「テレビ?」
 室内にいる女が答えた。
「はい、『いきなりハウス』見たんだと思いますよー」
「んだか」
 一瞬、感心した鬼婆。
「こんにちはー」
 列をなした一同が揃った挨拶をした声で、鬼婆は我に返った。
 よく見ると、畑に勝手に入って、野菜をいじくり回している男がいた。
「てめえ!」
 鬼婆は、大根を抜いていた男の元に飛び出して行った。
「俺の大根だ!」
 大根男は、大根の土を軽く払って、そのまま噛り付いた。
「何する」
 鬼婆は唖然とした。
「これピュアで無添加ですね。野菜本来の味がします。野菜が喜んでます」
「野菜が喜ぶだと! 痴れ者め!」
 鬼婆が真っ赤な口を開けて、襲いかかろうとした瞬間、列をなしていた連中が、畑へとなだれ込んで、鬼婆はそこに飲み込まれた。
 鬼婆の目の前で、育てていた大根やら菜っ葉が次々に食われた。
 いつかトノサマバッタが大量発生した時を思い出した。
 あれは、遥か昔。
 だが、時は今。
 悄然とする鬼婆とは対照的にバッタ人間たちは、野菜を貪り食って笑顔だ。
「美味しいね」
「優しいね」
「無茶してないよね」

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