言うと女性は「さあ、どうでしょう」と言って、ティーカップに紅茶を注いで私の前に置いた。
「あなたが履いているルビーの靴は、あなたを行きたい場所へ導いてくれる。あそこに黄色のレンガの道が見えるでしょう。あの道に沿って歩いていけば、美しいエメラルドの都につく。そこには昔、偉大なオズの魔法使いがいたのだけれど、今はもういない。かわりに、賢い案山子と、心優しいブリキ、勇敢なライオンが暮らしているの」
その話を聞いた時、私はすべてを理解した。そうだ、いつか見た古い映画。でもどうして、今まで忘れていたような映画の世界を夢に見ているのだろう。
美しい女性は私の心を見透かしたようにそっと笑って、それから穏やかな声で「夢なんかじゃないわ」と言った。
「あなたは虹を越えたのよ。学校の国から抜け出して、ここへきたの。それがどういうことだかわかる?」
「いいえ、わからない」
「あなたが何者であるかは、あなた自身が決めていいのよ。願いをかなえてくれるオズの魔法使いはもういないけれど、でもね、前にきた女の子も、案山子も、ブリキも、ライオンも、結局は自分の力で願いをかなえたの。いえ、少し違うわね。初めから願いは叶っていたのよ。自分で気が付いていないだけで、いつだって人は自分のなりたいようになれるの。あなただってそうよ」
「でも、その結果誰かをがっかりさせてしまったら?」
「がっかりされたくないの?」
「そりゃ、そうでしょう。誰かに失望されたり、変な目で見られたり、そういうこと、平気な人なんてきっといない」
「あなたが誰にも迷惑をかけずに生きたいように生きて、がっかりするような人なんて、本当にあなたにとって必要な人なの?」
私はなにも言えなかった。父や母を悲しませるのが一番嫌だった。
「ねえ、じゃああなたに魔法をかけてあげましょう。この先、どう歩んでいくのかはあなた次第よ。何色にだってなれるのよ。染まっていくだけじゃなくて、あなた自身の力で好きに生きられるの」
女性は私にそう言って、さあ目を閉じてと言った。遠くで誰かの声がした。美しい女の子。犬を抱えている。やっぱりおうちが一番、と三回唱えて、その声は聞こえなくなった。
目が覚めると私は家庭科室の冷たい床に寝転んでいた。後頭部をさすると大きなコブができている。
気絶して、夢を見ていたのだ。へんな夢。
そうこうしているうちにチャイムが鳴って、あわてて駆け出そうとしてはじめて気が付いた。私は上履きを履いていなかった。えっ!と思って辺りを見回すと、教室の一番前、教卓の上に、新品の真っ白い上履きが綺麗に揃えられていた。
私はおそるおそるそれを手にとって、足を通してみた。ぴかぴかの白い上履き。何色にも染まっていない、綺麗な色。
私はなんだか可笑しいような、どころかなぜか悲しいような、奇妙な気持ちになって、なんだか胸がざわついた。深呼吸をして、家庭科室を出る。
日の光に照らされた廊下が一瞬、黄色く光って見えた。
私は、むん、と胸を張って、それから慎重に足を踏み出した。