小説

『千年カグヤ』柘榴木昂(『かぐや姫』)

 壇上には作業台のようなものがあった。白い石つくりのようなもので、何もないように見えた。だが注視するとそこには透明な板が光を放っている。
「盗まれた旧式タブレットだ」
 近付くと文字が見えた。触れるとなにやらコードを読み上げた。ブウゥンと音がして床が持ち上がり、浮かんだ。
「真比輝!」
「伊知花、来るな!」
 そのまま浮かぶ。ぐんぐん高度が上がって、もはや飛んでいると言ってもいい。こんな上空に何があるというんだ。疑問はすぐに解決した。そうだ。ハドリー山の俯瞰映像は山の頂上より上から撮影されているはずだ。これは、月球の衛星に向かっているのか。それにしても。
 あの、不気味な灰色の星はなんだろう。かなり近い気がする。移動しながらだが焦点測定すると、ここから38万キロほどだった。大気汚染がひどく、成層圏下は見えない。月球の衛星だろうか。
 やがて僕をのせた床は、大きな長細い人工衛星にむかっていった。視界一杯に広がるそれは、僕たちの居住区が丸ごと入りそうなくらいの大きさだった。
 そして、そのまま格納するとカプセルのような球体に移された。全くの無人だが機械音だけはうなりをあげていた。
 わからないなりにパワーボタンと思われるものを触っていると、いきなりカッとひかってものすごい勢いで走路を進み始めた。闇と小さな光が点々とみえた次の瞬間、宇宙空間に飛び出した。マスドライバー・カタパルトだったらしい。
――しまった、という声すら声にならなかった。ボールコンテナの中で、かつパワードスーツに包まれているのに重力のかかり方が尋常ではない。舌が喉に張り付いて呼吸ができなくなった。
 すでに伊知花との通信は途絶えている。ひょっとして戻れないのではないか。そんな不安がよぎったまま、僕は意識を失った。

 『3020.10.1、ラボH-30、ナンバー1』
 知らない声で目が覚めた。だが動けなかった。拘束を受けたのかと思った。だが違っていた。身体が重いのだ。物理的な意味で重い。上に誰か10人くらい乗っかっているような重さ。パワードスーツの出力を最大にして、何とか体を起こす事が出来た。だが出力性能、パワーメントシステム、ステイタスはすべて正常に作動している。スーツのきしむ音が耳を滅多打ちにしてくる。まるで食わている気分だった。何とか仰向けになった。
「気が付いたかね」
「ひっ……」
 いきなり顔があった。人間だ。だが、剥きだしの素顔は余裕すら見える。何か、僕は薬でも打たれたんだろうか。
「シュートヒム!」
 カスン、と空気が抜ける音がした。右手に装備されているハンドガンが、からからとまわった。
「ふむ。我々に敵意はないよ。さあ立ちたまえ勇敢なカグヤの子よ」

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