犯行時間のメディア内ログをみれば、不在の住人が誰か絞れるはずだ。
僕はすぐに服を脱いでシャワーを浴びた。顔に液体がかかる感触は苦手だった。エアシャワーで乾かして、下着のままキッチンに向かった。伊知花はまだキッチンにいた。下着姿のままだ。白い下着がぴったりとくっついている。不覚にも欲情してしまいそうになった。こめかみを押してホメオスタシスを最適化する。
「真比輝、犯行時間のメディアログイン状況を調べてみたんだけど、私達を含めて全員、メディア内にアクセスしてる」
「どういうこと?」
伊知花が首をかしげる。全員がメディア内にいたということは、犯人は誰だというんだろう。もしくはアクセスを偽装しているのだろうか。でもそんなことできるのか。
自室のエッグスに入り、もう一度、時間や日付を確認してみる。だが結果は同じだった。さらにメディア内の祭壇は無傷だったが、ガラスケースと見たことのない端末があらわれていた。水たまりのように透明なものだ。触れるとエラーがでた。
伊知花が隣にきた。メディア内の伊知花は白いゴシック調ドレスに、ところどころオレンジの配色がなされた奇抜な雰囲気だ。さっきの下着姿が思い出される。
「どうしたの。エラーコード調べないの」
伊知花がエラーのポップアップを読み、エラーコードを調べてくれた。
「ダミープログラムの可能性? こんなのみたことないな」
「ダミーかもしれないのにわざわざ置いてあるなんて尚更おかしいわね」
僕たちは透明な端末を戻した。そもそも使い方がわからなかった。ただ見た感じでは強化ガラスの板に薄く線が入っているだけのものだ。粒子を使わずに板の屈折率を操作して立体に見せる仕組みかもしれない。
「いずれにせよエッグスみたいに個人コードがあって使えないかもな」
アガスティアにコンタクトして詳細を調べてみると旧式パーソナルタブレットだということが分かった。
「ここでも旧式か。でも、生まれる前のことなんて実際わからないしな」
「ねえ、旧式ってことはオルテーススが開発される前でしょう? その前は人間が外気に触れながら活動してたのよね」
「正確には稼働してた前住民が登録されてからだけどね。ラストパスっていう開発チームの後継が、オルテーススの自己調整システムに追いつけなくなったんだ。もう自己開発と保存プログラムに任せた方が下手に手出しするよりよっぽど円滑に回るって判断した」
「その基準ってなんだろうね。オルテーススは何をもって円滑に稼働してるっていうの」
「さあ……憲章には安全と安心と日々の生活の保障がうたわれてるし、事実その通りだと思うけど」
「ね、それはさ」
伊知花が僕の裾をひっぱった。まっすぐ見つめ合う。
「……旧式の存在に対しても有効なのかな」