小説

『マルガレータ』次祥子(『白雪姫』)

 よくよく考えた末、マルガレータは鏡の破壊を決意する。次の日、兵士に鏡を叩き割るように命じた。兵士は斧を振り上げ、鏡目掛けて力一杯振り下ろすのだが、鏡は瞬時に姿を消し、斧は石壁に当たり弾き返された。幾度繰り返しても同じことであった。そして翌日には前日の騒動を尻目に、鏡は再び石壁に姿を現した。
 白雪姫をこのまま城に置いては危険だと感じたマルガレータは、父、ヴィルドゥンゲン伯の元に彼女を避難させた。
 その後暫く、鏡には何も映し出されず、鏡の主も姿を現さなかった。白雪姫の身の安全も確保でき、やかましい鏡も鳴りを潜めている。マルガレータは久しぶりに平穏な日々を過ごしていた。
 近隣諸国を見ると、激しい政争の中、継母による王子や姫の殺害が続出する時世である。マルガレータにしても、この忌まわしい鏡と闘うことがなかったら、自分も諸国の継母と同じように邪魔な白雪姫を亡き者にし、我が身内を政権の座に据えていたかもしれないと、思った。
 いつの間にか鏡には白雪姫が映し出されていた。皆に大切にされ不自由の無い楽しい生活を送っているようだ。
 白雪姫が城を出てから少し寂しい思いをしていたマルガレータは、鏡の中で彼女を見ることができ、何とも便利な鏡だと眺めていた。だが、そんな呑気なことを言っている場合ではないことに気付いた。
 鏡に白雪姫の行き先など告げた訳ではないのだから、鏡が自ら探し出したことになる。どこに匿おうと白雪姫は見つかってしまう、そう考えると不安はもはや恐怖に変わってしまった。
 ぐるぐる巻きにされ、今度は本当に塔のてっぺんに吊り下げられてしまうのではないか。それとも、階段から突き落とされるのではないか。いや、もっと恐ろしいことが白雪姫に起こるのではないか。マルガレータの心配は留まることなくどこまでも広がっていった。
 こんな心配をするくらいなら、避難などさせずに手元に置いておくべきだったとさえ考えた。しかし、それはそれでまた悩みの種になることは目に見えている。とにかく何とかしなければとマルガレータは焦った。
 鏡も破壊できず、居場所も直ぐに知られてしまう。白雪姫を守る方法は何かないかと思案するものの、妙案は簡単には浮かんでこない。
 三日ほど考え込んで、ふと思い付いたことがある。それは隠すのではなく、消してしまうことであった。白雪姫を死んだことにしてしまう。そうすれば嫉妬する相手もいなくなりツノハシバミの実の気持ちも落ち着くのではないだろうか。その結果、白雪姫の身の危険も回避できるのではないかと考えた。
 早速、父の元に使いを出し、中が良く見えるガラスの棺を造り、その中に白雪姫に似せた人形を寝かせて欲しいと頼んだ。白雪姫には自分が誰であるか分からない服装にするよう伝えた。
 数日後、父、ヴィルドゥンゲン伯の元から準備は整ったという知らせが入った。その知らせを聞きマルガレータはもう一つの秘策を実行にうつした。

 マルガレータに命じられた城の使用人は、今朝取り出したばかりの家畜の心臓をバケツに入れ、石壁の部屋にやって来た。

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