毎日こんな光景を見ているうちに、マルガレータは初めに抱いた警戒心も、怪物退治の決意の程も何やら曖昧になってきた。ツノハシバミの実は怪物というより、まるで拗ねたこどものようで、かまってほしいだけの小心者のように思えて来るのだった。
更に、亡くなった后は鏡を恐れるが余り、死に至った自分の病も鏡のせいだと思い込んでしまったのではないだろうか。悪さはするが人の命を奪うほどの力などないように思われた。
只、最近、気掛かりなことがある。それは鏡の主が何かにつけ白雪姫を目の敵にし、まるで白雪姫に嫉妬しているようにさえ見えるのである。なぜ、鏡の主は白雪姫を妬むのか、それも分からぬまま態度は日増しに険悪になっていった。そんな鏡の主をマルガレータは次第に無視できなくなってきた。
一方、少し大人になった白雪姫は鏡の主の気持ちをこんな風に感じているようだ。
〈自分は白雪姫よりずっと先にこの城で生まれているのに、白雪姫だけどんどん成長しどんどん美しくなっていく。それなのに、自分はいつまで経っても、ちっぽけなツノハシバミの実のままだ。それに白雪姫は后にあんなに愛されているのに、自分はいつも疎まれている。白雪姫が嫉ましい…… 〉
白雪姫は、少しツノハシバミの実に同情しながら、感じたままをマルガレータに話した。その予想は見事に的を射ていた。鏡の主の嫉妬心は日増しに膨らむばかりで、小さな体ははち切れそうに見える。
ある日、ちょっとした出来事があった。それは白雪姫が七歳の誕生日の朝のことである。「お后さま、世界中であなたが一番美しい。でも、白雪姫はあなたの千倍も美しい」と鏡の主はうっかり口走ってしまった。その言葉はマルガレータの嫉妬心を煽るのではなく、自分の嫉妬心を爆発させてしまったようだ。
その日からぱったりと鏡は姿を消し、石壁だけが寒々と広がっていた。外は幾日も雨が降り続いた。
やがて雨が上がり、窓際に弱い光が差し込んだ朝、鏡はやっと姿を現した。マルガレータは厄介者が帰って来たという煩わしさより、気掛かりな物が手元に戻ったという安心感の方が強かった。だが、戻った鏡の主の陰湿な表情に何か不安なものを感じた。
その不安は的中した。鏡の主は白雪姫を城から追い出せと言いだした。そうしなければ白雪姫を酷い目にあわせると言い張るのである。
その脅し文句は耳を覆いたくなるものであった。始めのうちは鏡の主の気持ちをも考え大目に見ていたのだが、さすがに限度を超えてしまった。
気を緩め、鏡の主を甘く見たことにマルガレータは後悔した。やはり亡き后の言う通り鏡は怪物であり、その怪物から白雪姫を守らなければと改めて心を引き締めた。本当に白雪姫に危害など及んでは大変だ、その前に何とか手を打たなければならないと思った。
気の進まぬ宥(なだ)め賺(すか)しを試みた。だが、ツノハシバミの実にも鏡の主としての誇りもあってか、そんな御為ごかしになどまるで乗ってこない。