「化け物だろ」
「でも、嫌いじゃないでしょう?言われた通り、あなたが来る前にはちゃんと家を綺麗にしてるし」
それでも、散らばった動物の毛や、血の跡が床にちらほら見えるし、何より、臭いは簡単に消えない。どんどん蓄積されて、最近は俺の鼻もマヒしてきた。台所に並べられた剃刀やナイフや針金やのこぎりは、今日も間違いなく使用されたのが明らかな状態で、各々に鈍い光を湛えている。
「この気まぐれを終わらせて、前の生活に戻る気は無いんだな?」
念の為にと訊いてやったのに、女は呆れたように笑った。
「どうして?私今が一番幸せよ。いつも好きなことができて、あなたに毎日、そんな目で見てもらえるんだから」
だんだん気分が悪くなってきた。なぜこんな女に人生が与えられたのかと、首を傾げずにいられない。できることなら心だけをくりぬいて、取り出したそれを握り潰してやりたい。そしてその生と体を、それを必要としている人間にそれぞれ分け与えてやるのだ。この家に通うようになってから、俺はずっとそう思っている。そう、願っているのだ。
「あんた、どうしてよりによって記者なんかに色目を使うんだ?わざわざ隠れ家にまで招待して」
俺がそう言うと、女は立ち上がって、息がかかるくらいの距離まで近づいて来る。
「色目を使ってるなんて言い方やめて。私は真剣なのよ」
「…..俺の、何がそんなにいいんだ?」
「会ったときにすぐ、素敵な人だってわかったの」
女は心から俺を愛しているような目をする。胃が痛くなって、思わず目を逸らしてしまう。
「なんだよ、それ」
「あなた、私のことを悍ましいって思うくせに、平気で私と同じことができるのよ」
「何を言ってんだか…」
「とぼけないで。ほら、見て。私を見てよ。ね?できるでしょう?わかってるの」
俺は女を上から下まで改めて眺めて見た。やはり完璧に、美しい。それが、汚らしく思える。この家に染み付いた臭いが、その、なぞりたくなるような曲線を持つ体から発せられているように感じられる。そういう忌々しさが、この女の美を増幅させるのだ。そう、女の言った通り、俺はとぼけている。俺は、この女が想像している通りのことが、平気でできるのだ。女が使ったあらゆるツールを用いて、女が他の生き物にしたのと同じことか、もしくはそれ以上のことが、笑みを浮かべながらでも、いや、噛み殺しながら、できるだろう。なぜならこの女は、現実に割り込んできた悪夢なのだから。
「殺しても、いいのよ」
そう言って笑った女の表情は、今までで一番魅力的だった。