「長く生きすぎているせいかな。私はね、死ねないんだ。どうしてか、死ぬことができない。君と同じことを何度もやったんだけどね、この通りさ。そうしているうちに殆ど、いや、自分のことは何もかも忘れてしまった。そしてただ存在しているだけで、知ろうとせずに、いろいろなことを知ってしまった」
さくらは、もう一度猫の死体へ目を向けた。それが自分だと、少し大きい猫は言うけれど、どうも、そうである気がしない。だってそうだとしたら、この自分は何なのだろう?と思う。
「あれは、本当においらなの?」
「ああ、そうさ」
「そう・・・おいら、どうしたらいいんだろう?」
「君、どうして、どこか他の場所へ行かなくちゃいけないと思ったんだい?」
「え・・・・・だって、ばあちゃんがいなくなったら、家はいつも暗くて、炬燵も冷たくて・・・もうここにはいられないんだろうって思った。もう、ばあちゃんがいないから、ここはもうなくなっちゃうんだろうって」
「でも、他へ行くのが嫌だったのに、本当にどこかへ行かなくちゃいけなかっただろうか?」
「・・・・・どうして、そういう風に思うの?どうしたら、おいらもそういう風に考えられる?」
「まぁ、そうだな。君にはまだ難しいことだ。なにせ私はものすごく長く生きているから」
「あんたは、賢くなったんだね。おいらなんかよりずっと」
「そうだな。そうなりたかった訳ではないけどね」
「あんたはなんで、シニタイの?」
「さぁ、それももう思い出せない。それは思い出せないのに、死にたいということばかり忘れられない」
さくらはまた、猫の死体を見た。やはり、それが自分である気はしなかった。こうなりたかったと考えて、でも、本当はそうではなかった。あれ?と思う。そうじゃなかったんだっけ?シンデイルの、やっぱりいいやって、そう、思ったんだっけ?
「・・・・・おいら、こんな気分になったことない。なんか、変な感じ」
「え?どうしたんだい」
「あんた、そんなに賢くなったのに、なんでまだ気づかないんだろう」
さくらがそう言うと、少し大きい猫は、さくらを馬鹿にするような目で見た。さくらが自分に教えられることなんて、たった一つだってないと思っているからだ。
「私が気づかず、君が気づいたことがあるのかい?はて、それは一体どんなことだい?」
「一度死んだら、もう死ねないってことさ」
そう言ってさくらが隣を振り向くと、少し大きな猫の姿は消えていた。それからまた、視線を猫の死体のあった場所へ戻すと、死体も消えて、ただ線路がずっと続いているだけだった。全て消えてしまって、結局、死んでいた猫が誰だったのかはわからないままだった。もしかしたら、あれは本当に自分だったのかもしれない、とさくらは思った。死にたかった自分が、そこにいたのかもしれない、と。