小説

『ツルと持参金』永佑輔(『持参金』『鶴の恩返し』)

「どうしたらいいでしょう?」
「出産一時金に色をつけたぐらいの額を渡すってのはどうだろう?」
「どれぐらいですか?」
「都合五十万円。俺は卵を譲り受けるようマヌケを説得するから、吉浜は金を用意しておいてくれ」
 坂東は昼の日中だというのに焼き鳥をビールで流し込み、ゲップをした。

 自宅にいるときは必ず寝ている。自宅にいなければ競輪場で会える。最近では競輪場に寝袋を持ち込んでいる。
それが林だ。
 競輪場で目を覚ますと、逃げた動物を捕まえたら謝礼が貰えるという情報を聞かされ、さっそく棒の先にコンビニ袋を付けた自作の網を作った。
 ところがどこを探していいのか見当もつかないし、見つけたところで捕まえられるとも限らないので、予想屋に相談してみる。
「練習がてらに近所の野良ネコを捕まえてみろ」
 当たり前オブ当たり前、ネコの方が圧倒的に機敏だった。
 手の甲をひっかかれた林は、ブツクサ言いながら血を洗い流す。
「ドラクエだったらホイミで治るのに」
 怪我をしたからといって休むわけにはいかない。無職はサンデー毎日だと思われがちだが、何もしないということに休みはないのだ。
 林はバンソウコウを貼って動物を探しに出る。すると職務質問され、職質が終わったら不良中学生に因縁をつけられて逃げるハメになった。

『そんな気味の悪い卵はとっととマヌケに押しつけて、子供たちの相手してよ』
 一見すると何の変哲もないメッセージに見えるが、妻は確実に怒っている。坂東がゾッと背筋を凍らせたそのとき、左右違う靴を履いた男とぶつかり、ベッチョリと汗をつけられ、スマホを落としてしまった。
 男はツバを飛ばしながら謝る。卑屈な作り笑いを浮かべてヘーコラしているこの男こそ、くだんのマヌケ、林だ。
 林は不良中学生から逃げている最中らしい。
「左右違う靴を履いちゃってるぞ」
「あ、これは流行りのファッションっす」
「最近の流行はよく分からないな」
「坂東さんも年を取りましたね」
「ところで人間が産んだ卵を孵化させてみないか? もちろんタダとは言わない。五十万円の持参金がつく」
「人間が産んだ卵? 涼しいところで休んだらどうっすか?」
「俺の頭は大丈夫だよ。金、欲しくないのか?」

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