嘆きは次第に非難に変わり、いよいよ罵倒に変わり、千鶴を追い出すという本来の目的を果たそうとしている。
千鶴は気おされて産気づく。
せみ時雨がうるさい。
吉浜は罵倒を続ける。
千鶴は独自の呼吸法を始めた。
「げーげっげーげー! げーげっげーげー! げーげっげーげー!」
せみ時雨はより一層うるさくなる。
呼吸とせみに負けまいと罵倒を続ける。
呼吸がやんだ。
せみ時雨もやんだ。
吉浜は罵倒をやめた。
すっぽん、と千鶴の股から丸い何かが飛び出る。
ころころ、と丸い何かは転がって止まる。
丸い何かは、卵だ。
「千鶴は俺たちと違う。出て行ってくれ」
吉浜は千鶴という異物に嫌悪感を抱いて吐き捨てた。するとカッとなった彼女に突き飛ばされて気絶する。
目を覚ますと千鶴の姿はすでになく、ぽつねんと拳ほどの卵だけが置いてあるだけだった。
よもや人間から出てきた卵を食べるわけにもいかず、かといって捨てるわけにもいかず、もちろん放置して腐らせるわけにもいかず、孵化させる以外の選択肢は見当たらない。
けれど社畜街道まっしぐらの二十六歳に卵を温める時間などあるわけがない。卵に体温を奪われて腹を壊し、そのせいで会社を休んでもいけない。人獣ハーフが誕生したらたまったものじゃない。そもそも面倒くさい。
というわけで面倒見のいい坂東をビールで誘い出す。
「坂東さん、動物好きでしたよね?」
「動物好きって設定だったんだよ、合コン限定で」
「そうでしたか。この卵、貰っていただこうと思っていたんですが」
人間が卵を産むなんてことを信じるわけもなく、孵化させる自信もなく、孵化させたところで育てる甲斐性もなく、坂東は断りを入れ、そして進言した。
「一日の大半、惰眠を貪ってるマヌケな後輩がいるんだ。ほとんど布団の中にいるソイツなら卵を孵化させることができるかも」
「さっそく、そのマヌケに頼んでくれませんか?」
「いくらマヌケでも、見返りなく卵を押しつけるわけにはいかないなあ」