小説

『とある少女の物語』御厨明(『不思議の国のアリス』)

「あぁ…!何て事なの…!」
「女王様!」
それは、大きくて怖い顔をしていて、すぐに人の首を刎ねようとする、ハートの女王様でした。アリスは慌てました。彼女の機嫌を損ねると、何でもないのに罪人にされてしまうからです。
「…その…ごめんなさい、こんな所から」
「…どうして…どうしてこんな…」
アリスの謝罪に、女王様は答えません。それどころか、顔を真っ青にして首を振っています。
「気を落とさずに。先程も申し上げた通り、根気よく続ければきっと」
「だけど…こんな事って…!」
「…我々の責任です」
「本当に、申し訳ありません」
芋虫が女王様の肩を叩き励ましているようですが、女王様はそのままその場に立ち尽くしています。アリスは、どうも少し様子がおかしい事に気付きました。いつものおかしいのとは、また違っているようなのです。
「みんな何を言っているの?…あぁそうだわ。ねぇ女王様。この人…じゃなかった、兵隊達ったら、また薔薇を白くしてしまったんですって。でも首は刎ねないであげてよ?貴女、少しは丸くなった方がいいわ。ちょっと気に入らない事があると、すぐ人の首を刎ねてしまって―――」
「あぁっ…!あんまりだわ…!神様…ッ」
女王様の悲鳴のような声に、アリスは何故だかとても焦りました。
いつも直ぐに怒る彼女が泣き出すなんて、余程の事が合ったに違いありません。
「どうしたの?突然泣き出したりして…。それにしても、女王様ってば、昔会った時より痩せたみたい。大きな頭は相変わらずだけど、何だか全体的に小さくなった気がするわ。それに、少し老けたわね。女王様っていうか、お婆ちゃんみたい。――ねぇ、どうしたの?何故泣いているの?」
アリスが何を言っても、女王様は泣くばかり。トランプ達は、俯くばかり。
アリスは、困ってしまいました。
「…ねぇ、みんな一体どうしたの?何でそんな―――」
「馬鹿な娘だ。まだ解らないのかい」
「キャッ!…またいきなり声が…あの猫ね。チェシャ猫?貴方一体どこに――」
「もう決まってたんだ。もうすぐ出るはずだった」
「けれどお前はまた逃げた。出たくないからとまた逃げた」
「だって外には行きたくない。夢を見られなくなっちゃうから」
アリスは慌てて辺りを見渡しましたが、そこには何の姿もありません。
けれども、声だけは幾つも聞こえるのです。
「…帽子屋に、三月兎に、ヤマネ…?…ねぇ、何を言っているの?貴方達何時の間にここに―――」
「夢は終わりだ。もう薬が切れる時間だ…御嬢さん」
「―――……え?」

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