小説

『とある少女の物語』御厨明(『不思議の国のアリス』)

そう胸を張って言うと、兵隊の顔が青ざめます。
「何て事だ、首もか…。早く知らせないと」
「え?ねぇ何処へ行くの?知らせるって誰に?…あら?そういえば、ここは…」
気が付くとアリスは、初めに落ちた森でも、お茶会会場でもなく、見た事のないお花畑にやってきていました。けれど、薔薇は一つも咲いていません。
よく見ると、大きな茸がいくつも見えます。
「…ねぇ、何故こんな所に連れてきたの?」
「もうすぐだよ。今準備するから、待っていてね」
「準備?準備って何の―――」
「お願いします」
「え、ちょっと」
呼び止めようとしましたが、兵隊達は慌ただしく何処かへ走っていってしまいました。
「行っちゃった。忙しないトランプ達ね。女王様が、また怒っているのかしら?」
そう首を傾げていると、また誰かがアリスの側に現れました。
「まったく何て事をしたんだ」
「あら…芋虫さん?いつの間に側にいたの?…ねぇ、このキノコって―――」
「大丈夫だ。さぁ」
気難しそうな顔の芋虫に手を差し出され、アリスは少し嫌な予感を覚えました。
「嫌よ。茸はもう食べないわ。大きくなったり小さくなったり、困るじゃない」
「いいから目を閉じて。ゆっくり息をするんだ」
「え?…こう?」
芋虫に言われた通りに目を瞑ると、アリスの腕に、ちくりと痛みが走ります。
「痛っ」
アリスは小さく悲鳴を上げます。けれど、それ以上は何も起こらず、辺りはしんと静まり返ってしました。アリスは大人しく待っていましたが、いつまでたっても芋虫の声が聞こえません。
「…ねぇ芋虫さん、もう目を開けていい?…ねぇ。…おかしいわね。開けるわよ?……ここは…?」
我慢できずにアリスが目を開けると、今度はどこか見覚えがあるような、不思議な場所でした。
「…何とか……が……足が……。もう……ない……。…根気よく……すれば…」
遠くで微かに、芋虫の声が聞こえてきます。そこに、足音や、何か耳鳴りのような音が混ざり始めます。
(何だか柔らかい。あぁそうか。今、私が茸の上にいるんだわ。それで芋虫は下で誰かと話していて。…けど、一体誰かしら)
「あぁ!気付いたんだね!」
「よかった!」
「え?」
微睡んでいたアリスの視界に、再び兵隊達の顔が飛び込んできます。
何が良かったのかと問いかけたその時、誰かが走ってくる足音が聞こえました。
アリスは、重い首を僅かに横に振って、足音の主を見つめます。

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