小説

『とある少女の物語』御厨明(『不思議の国のアリス』)

「外は嫌。現実は嫌。ずっとおとぎの世界にいたい」
ヤマネは穏やかに、アリスの願いを呟きます。
「憧れたって無駄なんだよ。だってお前はもう十二歳の少女じゃない」
三月兎は苛立って、現実を強く叩きつけます。
「思い出せ。お前は子供じゃなくなった日、手首を切って飛び降りた。あれは二十歳の誕生日。あの時は助かったけど、今度はもう駄目かもなぁ」
「…嘘よ」
酷く重い腕を持ち上げると、手首に幾つもの赤い筋が浮かんでいました。
それでもアリスは首を横に振ります。
「そんなの嘘。だって!だって私はアリスだもの!ほら、ここに名前が書いてある!ベッドのところに書いてある名前は―――」
そう、ベッドヘッドに嵌められたネームプレートを見る為に、アリスは軋む身体を持ち上げました。そこに書かれていた名前は―――。
「あ……り、さ…」

「だからもう、遅いと言ったんだ」
嘆いてばかりの帽子屋が、諦めと憐れみを込めて呟きます。
「…遅いって…何が…」
「逃げてばかりの臆病者」
責め苛む三月兎は、一番聞いていたくない言葉を投げつけます。
「違う、私は、そんな―――」
「仕方ない。自分のせいだもの。夢が叶った、よかったね」
まるで祝福するようなヤマネの、無責任な夢という言葉が突き刺さります。
「嫌…嫌よ、やめて…」
首を振って。いるつもりでいたけれど、それは殆ど叶いません。
指も、首も、脚も、どれもこれももう、思い通りにならないのです。
真っ白な世界で、あの不気味なチェシャ猫が、一際優しく囁きます。
「お前は一生、ベッドの上だ」
「……いやぁああぁあぁぁぁぁっーーー!」
劈くような悲鳴が、どこまでもどこまでも、晴れ渡る空と真っ白な世界に、響いていました。

これは、とある少女の物語。夢に憧れ、望みを叶えたかっただけの少女の物語。だからきっと、他人事ではないだろう。子ども達はいつだって、心に夢を持つ物だから。夢が叶って、よかったね―――《アリス》。

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