小説

『福男、走る。』新月(『幸福の王子』)

 福男を目指して毎日走っていることで体力に自信はあったが、小さい子の無尽蔵の体力には勝てる気がしなかった。ちょっと休憩させてね、と子ども達に言って休んでいるとじいちゃんとばぁちゃんが笑いながら俺達を見ていた。時計を確認すると、前回確認した時から2時間経っていた。
「広くん、そろそろ帰ろうかと思ったんだけど、どうする? 」
 優美ちゃん達の方を見ると皆、少し眠そうにしていた。疲れちゃったかな、と思いつつ優美ちゃんにそろそろ帰ることを告げる。眠い目を擦りながら、帰っちゃヤダというのでまた来ることを約束する。指切りをして毛布を掛けてあげると安心したのか、そのまま寝息を立て始めた。

 それから、体力づくりついでにも1週間に一度くらいのペースで子ども達と遊ぶようになった。じいちゃんに笑われるし、母さんには大丈夫かという顔をされ、雪也にいじられたりするけど、意外と楽しかった。

 
 新年の寒空の下、防寒よりも走りやすさを重視した格好をした男達が集結している。俺と雪也も準備体操とストレッチをして走る用意を整えた。
「悪いな、つき合わせちまって」
「いつもの事だろ、しっかり走れよ。お前が福男にならなきゃ俺の苦労が報われないからな」
 雪也と走る準備を整えて、スタートの合図を待つ。福男になりたい、小さい時からの夢を叶える時が来た。
 合図が出てから、周りの喧騒が気にならなくなった。毎日の練習で見慣れら景色が前から後ろへ流れていく。
前にいる人の数が一人、また一人と減っていく。心臓破りの石階段を上る。一段一段、着実に登る。前を知っていた人は二段飛ばしをして途中でスピードが落ちた。
視界が開ける。さっきまでの視界とは比べ物にならない程開ける。
歓声が聞こえる。おめでとう、と沢山の声が聞こえる。
――俺、福男になったんだ……

 福男になって、夢が叶って、驚きと嬉しさに満ちた。福男になったことをじいちゃんにすぐに伝えようと思っていた。
 ただ、練習以上に全力で走っていたようで、翌日は筋肉痛で一日動けなかった。じいちゃんに報告しに行けたのは、福男になってから2日後だった。

 
 日も出ていて気温も連日に比べると高く過ごしやすい天気だ。自転車に乗ると流石に寒かった。

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