小説

『福男、走る。』新月(『幸福の王子』)

 福男になったことは母さん辺りから既に連絡が行っているかもしれないけど、自分の口から報告したかった。
 病室に着くと、じいちゃんが片手をあげたので、同じように手を挙げて返事をする。丁度、検温の時間だったようで、隣に看護師さんもいた。
 検温が終わったことを確認してから、ばぁちゃんから預かったものをじいちゃんに渡した。そっして、ベッドの隣にパイプ椅子を持ってきて座る。
「じいちゃん、俺、福男になったよ。ずっと成りたかったんだ。小さい時に、じいちゃんが俺は成れるかもしれないって言ってから、ずっと憧れてて、やっと成れたよ」
 最初は、福男に成れたことだけを報告しようと思っていたのに、言葉が溢れるように出てきて、目柱も熱くなった。
 じいちゃんは目元を緩めて俺の髪をぐしゃぐしゃにして頭を撫でた。
「良かったなぁ、広樹。お前は優しい子だから成れると思っていたんだ。随分と練習していたんだって? 友達も巻き込んでいたんだろう、その子にもちゃんと感謝しておきなさい」
 そう言われながら、頭を撫でられる。恥ずかしいなと思いながら、じいちゃんに福男になった所を見せられて本当に良かったと思う。
「それで、広樹。お前はどうするんだ? 」
 突然、じいちゃんはそう切り出した。
「どうするって? 受験の話? それは、今考えてる最中なんだけど……」
「違う、お前は福男に成った。福男になったお前はこれからどうするんだ? 福男になる夢を叶えたお前は次に何をしたい? 」
 じいちゃんの質問に何も答えられなかった。実際、何も考えていなかったからだ。受験についてだって、母さんも父さんも特にやりたいことが無いなら、取り合えず大学に行って、その間にやりたい事を探せと言っている。けど、先生は何がしたいのか考えて大学を選べ、と言うし。受験についても、そんな状態なのに福男に成ってからの事なんて何も考えていなかった。
 素直に、何も考えていなかったことを告げると、「そうか」と一言返して笑った。
「じゃあ、しっかり考えてきなさい。神様は素敵な繋がりを与えてくださる。だが、それだけだ。それを生かすも殺すも人次第だ」
 それから、ばぁちゃんの話や庭の話、母さんと父さんのくだらない喧嘩の話なんかをした。
 良い時間になったから、帰ることにした。病室を出る時に、暇だからアルバムを持ってきて欲しいと言われた。じいちゃんの記憶が正しければ押入れの中に入っているはずとのことだ。探すだけ探してみると言って、病室を出た。
 そのまま、優美ちゃんの病室に行く。小児病棟に移動して、すっかり顔見知りになった雪也のお姉さんに挨拶をしていく。
「福男、おめでとう。ウチの弟も嬉しそうにしていました。俺の努力が報われたって」

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