小説

『福男、走る。』新月(『幸福の王子』)

 気にはなったけど、そのまま病院を出て、少し行った所にあるケーキ屋で、ドーナッツとシュークリームを4つずつ買った。潰れないように気を付けながら自転車を走らせる。向かうのは雪也の家。

 丁度、雪也のお母さんが家を出る所だったので、そのままお邪魔して雪也の部屋を覗く。学校で何度か見たことがある数2Bの問題集を開いてノートに数式を書きなぐっている。またに間違ったのであろう数式を消しゴムで消す。それすら面倒なのか、シャーペンで二重線を引くこともある。
 話しかけるタイミングを図っていると、雪也のスマホからアラームが鳴る。雪也がアラームを止めたのを見て、一休みしないかと声をかける。
「お前、来てたんだ。声かけても良かったのに」
 大きく驚いた声を上げた後、そう言ったが、よほど驚いたのか大きくため息を吐いた。
 買ってきたドーナッツとシュークリームを出して、無言で食べる。粗方、食べ終わった所で、お前模試の結果どうだった? と訊かれる。
「入れそうな所しか志望校で出してないから何とも言えないな。私立だったらB判、行けるかわかんないけど公立でD判って感じ」
「そっか、俺は判定下がって、坂下に心配されたからなぁ」
 どう返せば良いのか分からないから、そうかとだけ返すと、お前のせいだぞ、と軽口のように恨み言を言われた。
「お前が、福男になるって根性見せるから、夏には部活辞めるはずだったのに、続けちまったじゃねぇか。どうせタイムもこれ以上良くなることもなかったんだから大会とか全部諦めていたのに、お前が目の前で頑張って見せるから、俺も諦められなくなったじゃねぇか」
 ごめんと、謝罪が口をついた。謝るなよと言われる。おもむろに机の上を方付けるとルーズリーフと問題集と筆記用具が目の前に置かれ、一言、勉強するぞと言われ、問題集を借りて、そのまま勉強する。

 問題集やノートが見辛くなってきたので部屋の電気を点けた。勉強を始めてから3時間近く経っていた。
「流石に疲れたな、休憩するか」
 雪也がそう言って、飲み物を取りに行く。その間に机の上を方付けた。
「そういや、優美ちゃんだっけ? 転院するって聞いたか? 」
 飲み物を机に置きながら、雪也が切り出した。知らないと返すと、
「病状悪化でここの病院じゃ見れなくなったんだってさ。明日転院のはずだぞ。今日、病院行かなかったんだ」
「いや、今日会いに行ったよ。転院って明日の何時?」

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