小説

『福男、走る。』新月(『幸福の王子』)

「おぉ、広樹よく来たなぁ。持ってきてくれたか、良かった」
「持ってきたよ、流石に面会終了時間直前に滑り込むのは嫌なんだけど、さっき看護師さんにめっちゃ睨まれたんだけど」
「いやいや、悪いことしたな。ほれ、お小遣いやるわ。禿げちまったから帽子欲しかったんだよ。ばぁさんが編んでくれたやつなんだよ」
 じいちゃんから貰ったお小遣い千円を財布に仕舞いながら、ばぁちゃんが編んだという毛糸の帽子を見る。結構ボロボロになっているように見える。
「良い帽子だろう、ばぁさんが作ったものだ。もう15年も前になるがな、どうせ被るならばぁさんの帽子が良い」
 じいちゃんが入院したのは2週間前、お腹が痛いって病院行ってそのまま入院。胃がんだった。しかも、結構進行してた。
「広樹、ばぁさん元気か? 庭の管理大変そうだったら手伝ってやってくれや。お前が思っているよりばぁさん頑固だから大変かもしれんが、気にかけてやってくれや」
 しわくちゃになった手で帽子を撫でる。自分の余命を知っているのにじいちゃんはばぁちゃんの事ばかりだ。
「面会時間も過ぎているし、帰るよ。先生と看護師さんに極力迷惑かけないでね」
 分かっているというじいちゃんの病室から出る。すれ違う看護師さんに頭を軽く下げながら玄関の方に急ぐ。
 じいちゃんの余命は長くて2年、最悪1年。俺が福男になったところを見せるには今年福男になるしかなかった。
 走らない程度に早足で廊下を進んでいると咳き込む音が聞こえた。病院だから咳き込む人位いくらでもいるのだけれど、その咳き込む声がとても幼いように思えて、足を向けた。
 廊下の少し先、ソファと自販機がある小さなラウンジで女の子が咳き込んでいる。ぬいぐるみを抱き込むようにして小さい体をさらに小さくしている。
 心配になって駆け寄ると、ぜぇぜぇと息苦しそうに呼吸しながら体を震わせている。喘息だろうか、無い医療知識を掘り起こしながら背中を摩る。このラウンジは日当たりが悪く、あまり人が来ない。そのためか、看護師さんが近くに居ない。
「だいじょうぶだよ。ゆみ、いい子……だから、くるしくないよ」
 抱き上げて看護師さんを探しに行こうとすると、そういって服を掴んだ。良い子だから、大丈夫だからと繰り返す。
 全然大丈夫じゃないから、そのまま抱き上げてナースステーションまで走った。

 自転車を漕いで学校に向かう。昨日はナースステーションに行くと看護師さんが処置してくれたから、その後のことは知らないけど、母親と思われる人もいたから大丈夫かなだと思う。昨日は色々あったなと思いながら教室の机に鞄を置くとニヤニヤ笑う雪也が近寄ってきた。
「昨日は随分格好いいことしたんだって、女子をお姫様抱っこして走るなんて王子様かな」
 女子? お姫様抱っこ? 身に覚えがないことを雪也が言う。もしかして人違いじゃないのかと訂正しようとした。

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