「これ食った後でいいっすか?」
「チーフもう帰ってくるからすぐやって!」
チーフは崩れた山を見ると怒るのだ。走ってレジに戻ろうとしたらもう一つの山も崩してしまう。
「こっちもやっといて! チーフが戻る前に絶対ね!」
倉庫は暗く、さゆりちゃんがどんな顔をしていたかは見えない。わざと崩したと思われたかもしれない。
汗を飛ばしながらレジに戻るやいなや新人バイトが
「横田さん、この、これ、どこっすか?」
「このこれって何?!」
自分の声が叫び声になっていたことに自分で驚いて黙った。騒がしかった店内に一瞬の静寂が訪れる。
「あ」
我に返った自分の視界がすっと広くなって、そしてあの彼が踵を返して出口に向かう様子が映った。いやまさか。見間違いかもしれない。でもあの手に持った特徴的な色合いのディスクは、私が彼に勧めた最新作ではなかったか。
またやってしまった。さっきのツイートで渋ツバで働いてるとバレてしまったんだ、きっと。それでたまたま渋谷にいた彼が私の様子を見に来た。いや、それはまさかないか。グリムランドで私は彼に渋ツバで働いていると話したのか。あまり覚えていない。とにかく身バレの危険性があるなら早くあのツイートを消したい。砂のように残りのバイト時間を過ごす。
やっとバイトが終わって、泥のようにロッカー室に倒れ込んだ。本当は今夜ハロウィンパーティに出かけるさゆりちゃんにゾンビメイクをしてあげる予定で、道具も持ってきていたのに、そんな気分になれなかった。最近出入りしているインカレの映画サークルで特殊メイクを覚えたからこういうのは得意なんだよ、と、まるで高校生の頃の私のように映画にのめり込んでいるさゆりちゃんに、親切にしてあげたかったのだ。さゆりちゃんは私と違ってハロウィンパーティとかする健全な高校生なのがいいなあと思った。私は一人で映画ばかり観る田舎の高校生だった。
さゆりちゃん、空気読んで帰っちゃったよな。私は灰かぶりどころか意地悪な継姉だ。何の罪もないさゆりちゃんにあたり散らして。そりゃ王子様も逃げるわな。ああ、あの時私どんな形相をしてたんだろう。もう動きたくない、何も考えたくない……。
「死にたい……」
と呟いたらロッカーの陰から
「よこさん!」
さゆりちゃんが現れた。
「あれ、いたの!」
「死にたいってどうしたんすかー?」
さゆりちゃんに聞かれたら急に緊張の糸がゆるんだのかぶわっと涙が出てきた。そのまま年下のさゆりちゃんに背中をさすられながら、ごめんねごめんねと言って、今日のお詫びからグリムランドのことやらむーちゅうアカウントのことやら彼のことやら、全て話してしまった。さゆりちゃんは、ちょいちょい見かけるむーちゅうアカウントの中の人がよこさんだったなんて! と驚きつつ、
「よこさん、それ、全然見込みあるっすよ。だって彼はよこさんに会いたくてうちの店来た可能性高いし、おすすめも借りてったんでしょ? それに気になる人が仕事でどなってるところ見たところで嫌いにならないっすよ。でしょ?」