小説

『赤ずきん』花島裕(『赤ずきん』)

 「私のことはいいから! それにしても、どこから来てどこへ消えたんだろ。本当に吸血鬼だったりして」
 「そうだったら血ぐらい吸ってもらえたのに」
 「…みずき、発想がヤバくなってるよ」
 発想ならもうとっくにヤバい。会ったのはただ一度きりなのに、思うだけでもう胸が苦しい。じりじり。じりじり。
 「今日はもう終わりにしよ? また付き合うからさ~」
 「そんなこと言って、コースケ君に会いに行くんでしょ」
 バレたか〜と言ってはにかむエリが情けなくって愛おしい。可愛くて、かわいそうな女の子だ。

 その週末、みずきは髪を真っ赤に染めた。
 「ドキッとする血のような赤」のためには、一度髪全体を脱色しなくてはならない。「頭皮がしみたら言ってください」と言ったのに、ひりひりしても「あと少しですから」と何の対応もしてくれなかった。美容師は歯医者と似ている。
 鮮やかな色を保つためには日々の手入れにも手を抜けなかった。オイルにカラートリートメント、ヘアパック。それでも朝起きて鏡を見るたび、毛先に触れるたび、髪を洗うたびにあの人のことが好きだと思う。
 幼い頃に読んでもらった『赤ずきん』の女の子は、狼に騙されていた。
 『おばあちゃんのお耳はどうして大きいの』
 ――お前の声がよく聞こえるようにだよ。
 『おばあちゃんのお目目はどうして大きいの』
 ――お前の顔がよく見えるようにだよ。
 『おばあちゃんのお口はどうして大きいの』
 ――お前を食べるためだよ。

 でも本当は、狼に食べてほしかったのだとしたら?
 ――私の姿があなたに見えるようにだよ。
 ――あなたに見つけてもらえるようにだよ。
 ――あなたに食べてもらえるようにだよ。
 そのために、バカみたいに目立つ頭巾をかぶって来たのよ。なんて。

 みずきは今心底あの人に”食べてほしい”と願っている。
 この広い世界で、また会えると信じている。
 こうして現代の赤ずきんは、傷んだ髪にオイルを擦り込みながら、ずっとオオカミを待っているのだ。

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