小説

『僕の恩返し』大森孝彦(『鶴の恩返し』『浦島太郎』『わらしべ長者』)

 玉手箱である。けして開けるなと念を押され、僕は亀の背に乗って、元の浜へと帰った。
 浦島太郎のように長居をしなかったのだが、地上では年単位の時間が流れていた。父の屋敷には、わらしべ長者なる人物が住んでおり、門前払いをくらってしまった。
 行き場をなくした僕に残されたのは、玉手箱だけである。これを開けるなというのは、無理な相談であろう。昔話というのは、どこか意地が悪い気がする。
 箱を開け放つと、もくもくと煙が舞い上がり、僕を包み込んだ。
 何という事か。紅顔の美少年は、美しい青年へと一瞬に成長した。時間が短かったので、おじいさんにはならなかったようである。
 さて、浦島太郎の話には、さらに続きがある。玉手箱を開け、老人となり、その後に鶴へと転じ、空に飛び立つのである。
 蛇の道は蛇と言う。ならば、鶴子さんがどこに行ったか見つけるには、鶴になるのがよろしかろう。
 僕は悪い事をした。だから、彼女に謝らなければならない。そして、受けた恩義を、たくさん返さなければならない。
 白い翼をはためかせ、僕は愛しい人を求めて、空へと身を躍らせた。

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