玉手箱である。けして開けるなと念を押され、僕は亀の背に乗って、元の浜へと帰った。
浦島太郎のように長居をしなかったのだが、地上では年単位の時間が流れていた。父の屋敷には、わらしべ長者なる人物が住んでおり、門前払いをくらってしまった。
行き場をなくした僕に残されたのは、玉手箱だけである。これを開けるなというのは、無理な相談であろう。昔話というのは、どこか意地が悪い気がする。
箱を開け放つと、もくもくと煙が舞い上がり、僕を包み込んだ。
何という事か。紅顔の美少年は、美しい青年へと一瞬に成長した。時間が短かったので、おじいさんにはならなかったようである。
さて、浦島太郎の話には、さらに続きがある。玉手箱を開け、老人となり、その後に鶴へと転じ、空に飛び立つのである。
蛇の道は蛇と言う。ならば、鶴子さんがどこに行ったか見つけるには、鶴になるのがよろしかろう。
僕は悪い事をした。だから、彼女に謝らなければならない。そして、受けた恩義を、たくさん返さなければならない。
白い翼をはためかせ、僕は愛しい人を求めて、空へと身を躍らせた。