小説

『帰郷行旅』@のぼ(『銀河鉄道の夜』)

 その鈴ちゃんの強い眼差しは遠い昔、真夜中にやってきて私を諭したあの時のものと同じだった。
「私、知ってるのよ」
「なにを」
 鈴ちゃんは私のお腹にそっと手をのせる。
 暫し躊躇ってから私はこくんと頷く。
「知ってたの?鈴ちゃん」
 鈴ちゃんもこくんと頷く。 
「だから、さあ、デッキに急いで」
 鈴ちゃんは私の手を引いた。ものすごく強い力だ。

 客車最後尾のドアを開けてデッキに出る。  
 いつしか宙は藍色だ。
 満天の星々が輝いている。
「お客さま」
 私が振り向くと、遠い昔鈴ちゃんと観たテレビドラマの客室乗務員とよく似た制服を着た綺麗な女性が立っていた。
 よく見ると鈴ちゃんの被る帽子はあの時の赤い帽子なのだけど大人になった彼女には丁度良いサイズでぴったりとしいてその事がなぜかとても寂しかった。 
「とってもよく似合っているよ。鈴ちゃん」
「あなたもよ」と、鈴ちゃんは微笑む。
 私はその意味が分からなくてデッキのドアのガラスに映る自分の姿を見る。そこには戴帽式以来ほとんど被った事も無い白い看護師キャップと研修時代の白衣を着た自分の姿があった。
「あの時に立てた二つ目の誓いを覚えてらっしゃいますか」
 鈴ちゃんは急にかしこまってそう言った。
 忘れるわけがない。
 それは『たとえ、恐怖の大魔王に負けてしまっても、もう一度戦おう。できるなら二人で』だった。
 鈴ちゃんはあまり記憶に無い様な優しい声で言った。
「あなたは勝ったのよ」
「ねえ、鈴ちゃん」
「なに?」
 私は大声で呼ぶ。
「鈴美さーん!」
 それはあの時、1999年の大晦日にオペ室の入り口で救急外来の看護師から引き継がれた患者、若い妊婦の名前だった。
「鈴美さーん!戻ってきて。ねえ、鈴ちゃん、 二人で、だったよね、ねえ、そう言ったよね」
 鈴ちゃんは黙っている。
「ねえお願いだから。鈴ちゃん」私はもっと何かを叫びたいのだが言葉が出てこない。
「聞こえていたよ。あなたの声、スグにあなただとわかったよ。あの時」
 そして鈴ちゃんは静かに微笑んだ。 
「よい旅をね」鈴ちゃんはいった。
 鈴ちゃんの隣には飴色のマントを羽織った車掌さんがいて頷いてくれた。

 私は今、宙にいる。

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