小説

『帰郷行旅』@のぼ(『銀河鉄道の夜』)

 鈴ちゃんはある年の夏休みに飛行機に乗って内地に住んでいるおじいちゃんとおばあちゃんに会いに行ったのだけどその飛行機はプロペラ機でくだんのテレビドラマに出てくるカッコ良いプロペラの無い飛行機に乗れると思い込んでいた鈴ちゃんは機内でたいそう不貞腐れたそうだ。
 それでもその時の機内サービスで出された紙カップを後生大事にとっていた。
 その中に“ごっこ”のときは農協で買ったジュースを入れて搾乳車の人が持って来た、そうウチにもあった雪印のクッキーを添えて出してくれた。
「ジュースとクッキーでございます」
 それが“スチュワーデスさんごっこ”の始まりの一言だったよね。
 そこから先はいつもアドリブだったのだけど私はいつも何故か緊張してしまい次のセリフが出てこないものだからわざとグズグズと時間をかけてジュースを飲みクッキーを少しずつ少しずつ囓った。
 そんなだから鈴ちゃんはいつも決まって“コホンッ”と咳払いをして私の次のセリフを促した。
「あ、あの、スチュワーデスさん?」
「いかがしました?」
「あのぉ、目的地には着けそうですか?」
「申し訳ありません。現地の天候しだいです」
「実は父が」
「お父さま、どうしましたか?」
「父が病気で急いでいるんです。機長さんに伝えてもらえませんか」
「大丈夫です。機長は神ですから」
「はい?」
「すべて機長の判断です。機長は神ですから」
 なんだか違う。なんだか違う。違う。
 悲しいことや苦しかった事ならまだしも、幼い頃の数少ない楽しい想い出までも歪んでしまっている。
 私、とても悲しいよ、鈴ちゃん。
「ねえ、待って」 
 あのブカブカの赤い帽子を被った鈴ちゃんのスチュワーデスさんが私の頭の中に浮かび上がって声を掛け続けてくれた。
「お父様、どうされたの?」
「脳梗塞で入院したの、先週にね。でね、入院し直ぐ容態を確認したくて父さんが入院した病院へ行ったの。担当のドクターは経過は良好だと言ってたんだよ。昨夜も、あした退院だよってお母さん電話口で喜んでたんだよ。したら、今日の夕方、外回りから会社に戻る途中にお母さんから父さん容態が急変した、今、緊急の手術中、って電話がきたのさ」
「大変だったわね。驚いたでしょ」
「それがね、実はね、、、そうでもなかった」  
 患者さんの容態が変わる事など現役だった頃に病棟で何度も経験した。何度も何度も、そしてそう、あの時も。
 私はいつも冷静だ。
 だから母からの電話を受けても冷静だった。

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