小説

『はたちの狐』網野あずみ【「20」にまつわる物語】(『狐の嫁入り』)

「あれはな、狐の嫁入り」
 へっと、腰が抜けたような声を上げた僕に向かって、おかめが笑みを浮かべた。
「あんたを歓迎しとる」
 言われていることがよく呑み込めないままに、僕はカメラのシャッターを切り続けた。
「さて、行こうかね」
 よっこらしょと立ち上がると、老女は僕を引き連れるようにして、参道に向かう赤い鳥居をくぐり抜けて行った。縁日でも立っているのか、参道は夜店の灯りで明るく照らされており、意外なほどの人出がそこにあった。なのに、誰もいないかのように静かなのが不思議だった。
 僕は老女に導かれるままに夜店の並ぶ参道を歩き、屋台をのぞき込む人々にカメラを向けた。食べ物やらくじ引きやら、裸電球に黄色く照らされた屋台が続く中で、老女がふと、一面に色とりどりの花が開いたような艶やかな屋台の前で足を止めた。そして、老女は迷うことなく一つの花に手を伸ばし、それを摘んだ。それは、ひょっとこのお面だった。
 おかめ顔の老女は、僕にひょっとこのお面をかぶらせると、「これで誰にもわからんせ」と言って、忍ぶように笑った。

 蝉の鳴き声よりも野鳥の声が大きく響く季節になった。夏枯れした木の葉が風に吹かれて参道に舞っている。
 頭上を覆う木々の間から零れ落ちる木漏れ日の中に立ち、秋吉は神社の境内に向かってカメラを構えた。今日もまた、彼のカメラは、境内の石段に腰かけている名も知らぬ娘の姿を捉えていた。
 境内の石段を数段上がったところに奉納と大書された飴色の賽銭箱があり、その前には紅白の撚糸で編んだ鈴緒が所在なく垂れ下がっている。社の格子戸はいつも閉められており、奥の様子を伺うことはできない。神社としてはごく当たり前のそんな風景の一部になろうとするかのように、その娘は石段の片隅でじっと座っている。
 彼女の異様ないでたち、――白装束を身に纏い、血のように赤い袴を着け、足元の白い足袋には草履を履いていない、ということにも目を引かれるが、何よりも面妖なのは、長い黒髪で隠すようにしているその娘の顔は、『狐の面』で覆われているということだろう。
 巫女のようでもあり、赤白の色合いは鈴緒の化身のようでもあり、顔を含めて見れば神社を守るお狐さんのようでもある。そんな娘の姿を、秋吉はカメラに収め続けてきた。
 谷あいに響くディーゼル機関車の甲高い汽笛の音が、ここまで届いてきた。
 ふと顔をあげると、掘っ立て小屋のような小さな社務所の前に、おそらく氏子の奥さんなのだろう、竹箒を手にした普段着の女性がいるのが目に入った。
「どこから、来なさった」
 社務所に向かって近づいて行くと、奥さんの方からそう声をかけてくれた。
「このあたりの人じゃないね」
 秋吉は警戒されないよう笑顔で頷くと、「山向こうから来ました」と答えた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9