小説

『ボクと小さな本屋さん』鈴木沙弥香【「20」にまつわる物語】

 ボクはその閑散とした公園で、1人で滑り台のハシゴ部分にちょこんと座って本を開いている紗枝ちゃんを離れた所から見ていた。友達と待ち合わせかな? なんて思ったけれど、どうもそんな感じではないみたいだ。なんだかよくわからないけど、まるで毎日ここに来ているかのような、そんな感じ。晴れた日の学校帰りの日課、みたいな。
 ボクは真剣に本を読んでいる紗枝ちゃんに近づいた。紗枝ちゃん、そう呼びかけると、紗枝ちゃんは驚いたように顔を上げた。
「あれ? どうしたの?」
 ボクを見つけて笑顔になる紗枝ちゃん。その笑顔だけで、このどこか暗い公園が華やかに明るくなった気がした。
「散歩でもしてたの?」
 聞かれてボクは、まぁそんな感じ、と答える。
「1人で散歩はいいよね。自由だもんね」
 ボクは紗枝ちゃんの隣に座って、何の本読んでたの?と、本を覗き込んだ。
「これはね、ぐりとぐら」紗枝ちゃんは元気にそう言うと、本を閉じて表紙をボクに見せてくれた。その表紙に見覚えは無くて、どうやらいつもお店で読んでいるものとは違うシリーズのやつらしい。
「いつもあなたのお店でも読んでるけど、これはちょっと違うんだ」
 ボクの聞きたい事を察したのか、紗枝ちゃんが本の説明をしてくれる。ボクはうんうんと頷きながら紗枝ちゃんの話をじっと聞く。
「これはとっても大切な絵本なの。昔、パパのお友達がくれたんだ」
 珍しい。だいたいこういう時って両親からのプレゼントだったりするのに。なんてあまり深く考えずに、ぼんやりとそんなことを思った。
「これをくれた人ね、とっても完璧な人だったんだよ。優しくて、女優さんみたいに綺麗で、温かくて。私のママと交換して欲しいって思っちゃったくらい」
 笑っているけど、その言葉には暗くて重い、何か需要な秘密が隠されている気がした。だから思わずボクは、何かあったの?と聞いてしまった。紗枝ちゃんは唇に人差し指を当てて、じっとボクの顔を覗き込む。
「内緒だよ。私の秘密、あなたには教えてあげるね」
 ボクは小さく頷いた。
 今までずっと誰かに話したかったのだろうか。“秘密”をボクに向かって語る紗枝ちゃんはいきいきとしていて、今まで背負って来た中学生にとっては重すぎる荷物をやっと降ろせた、そんな感じだった。
 誰かの秘密に触れるのはあまり好きではない。その秘密に触れた時点で、ボクもその人と同じ荷物を背負ってしまったように感じるから。けれどボクは、紗枝ちゃんの秘密を知れてどこか嬉しく感じていた。少しだけでも、紗枝ちゃんに近づけた気がしたから。

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