小説

『雨の子供と午後3時』もりまりこ【「20」にまつわる物語】

 幸せな子供時代じゃなかったじぶんが子供を欲しくなるなんて考えてもみなかった。でも、地下街で少し強い地震に逢った時、隣にたまたまいたのがひょうひょうとした嵐だった。出会った瞬間、そう感じた。

「バスの車窓から雨の粒みていたらね。ふいにこれって雨の子供だなって思ったことがあったの。その感じを今思い出して、数えてみてって言ったの」
「あめのこどもね。こいつがらね。そういうかんじだね。えっと20だろう、あと少し」
「そう20になったらあっちに行くから」
「雫、できててもできてなくても、どっちでも俺たちは今となんら変わらないんだぜ。それより雫が思い詰める方がつらいんだって。できてもハッピー、できなくてもぜんぜんハッピーでいいじゃん」
 雫はだまっていた。
「また、怒って黙ってる?」
「ちがう。あのね雨の粒が20になったらって言ったのはもし、今回コドモができてたとしてね、嵐にはその子がハタチになるまでは生きてほしかったから、ただそれだけ」
「なんだそれ? ぜんぜん生きてるってそんなの」
「もう嵐のそういうところすごいね。その自信」
「雫あれだよ。だって俺がそう思うんだもん。自信なんかに根拠なんていらないんだからね。それより俺がショックだったのはいくら雫よりはちょっと年上だからって、俺はそんなじじぃじゃないよ、心外しちゃうな。あ、俺の家系のこと?」
 雫にとってはそれが図星だった。嵐の家系はみんな早死にしていた。40の手前で亡くなっていた。だから、彼は肉親も親戚もだれもいなかった。ひとりで逞しく暮らしてきたのだ。嵐は窓の雨の雫を数えていた。あと2粒がひとつになれば20個の雨粒になる。
 窓の外では男の子たちが遊んでいた。
 湿った空を切り取った窓からみえる薄い光は、ふたたび雲に吸い取られていくのがわかる。

<ぼくはとべるとおもうな。人間は。ぜったいぜったいとべるって。だって・・・。>

「あいつとおんなじこと本気で俺も信じてたよ。だから空に近い場所で仕事したいってとび職選んだんだよ。この話したっけ?」
 雫はコドモの頃の嵐を思い描いてみる。飛べるって思ってたって話は何十回も聞いてるけど、飽きないからいつも耳を傾けてしまう。
「あいつら、かわいいね。ばかでかわいいよ」
 嵐がぽつりとつぶやく。  

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