「ごめん。一つ確認させてほしいんだけど、あの電話は君が掛けてきたんじゃないの?」
目の前の彼女の細い首が、ゆっくりと横に振られた。
「やっぱり、何も聞いていないんですね。あなたに電話したのは私ではないです」
「でも、それにしては声がそっくりすぎる」
彼女は頷いて、それから照れ笑いに失敗したように唇を歪ませた。自分の失態を上手く誤魔化しきれなかった時にするような笑顔だった。彼女はそれまで見せていた並びが良い歯をしまい、顎を引いた。半笑いのような表情から真剣な顔つきに戻って「酒井幸樹さん」とはっきり言った。それは僕の名前だった。しかし、僕はまだ彼女に自己紹介なんてしていなかった。
「今から話すのは本当に突拍子もない話ですから、あなたはたぶん信じてくれないと思います。でも、もし信じると約束してくれるのなら、私が知っていることを全て話します。どうですか」
「断言はできない。でも、信じようと努力してみようとは思う。それでもいい?」
「はい、それでもいいです」
彼女は目尻を大きく下げた。同時に白い歯を見せると、その両端にはえくぼができた。にっこりと笑った、という表現に最も近い笑顔だった。僕が信じないと言えばそこで話は終わってしまっていたから、僕の答えを聞いて安心したのだろう。
「まず、私の事情から話させてください」と彼女は言った。そして僕が頷いたのを確認してから話を続けた。
「一昨日の放課後のことです。私が駅前を歩いていると、携帯電話の着信音のようなものが聞こえてきました。かなり大きな音でした。私は最初、自分の近くに電話の着信を受け取った人がいるのかな、くらいに思っていました。でも、いくら歩いてもその音は激しく鳴り続けていて、不思議なことに、私はだんだんとその音がどこから鳴っているのかが手に取るように分かるようになっていたんです。音を止めるには取り敢えずそこに行ってみるしかないと思った私が辿り着いたのが、着信音が鳴り続ける公衆電話でした。そして受話器を取ったら、酒井幸樹さん。あなたが出たんです」
彼女は僕が今日の昼間に体験した出来事と全く同じことを話した。導かれるように公衆電話に向かっていって、受話器を取る。とても非日常で、おかしな出来事だ。
「君が体験したのと同じ体験を、実は僕もした。違うのは、僕のときに電話に出たのは僕じゃないこと。あと僕は一昨日、公衆電話に電話なんてしていないということ」
「分かっています。私の電話に出たのは確かに酒井幸樹さんですけど、それはあなたじゃない。そしてあなたの電話に出たのは、私自身であってもここにいる私じゃない。つまり、とても馬鹿げた話ですけど……、その、私たちに電話をしたのは未来の私たち自身なんです」
彼女はそう言って、形の良い柔らかそうな耳をほのかに赤らめた。普通なら妄言だということが分かっているのだろう。そして僕も、間違いなく普段なら下らない妄想だと切って捨てていたと思う。
「信じようと努力してくれるってさっき言いましたよね」