小説

『花嫁の便り』倉田陸海【「20」にまつわる物語】

「どうしてもっと詳細に教えてくれなかったんですか」
『私の口から言うより、女子高生にプロポーズされた方が見込みあると思ったのよ。それに、出会いは運命的な方が良いわ』
 夕暮れの海で初対面の女の子と結婚の約束をする。文字にして読んでみれば、確かに運命的ではあるかもしれない。問題はそれが仕組まれていたということだった。
「あなたの言った通り、あなたは特別に可愛い女の子です。でもまだ出会ったばかりで、結婚とかは……」
『分かってる。でもね、あなたがいる時代から八年後に、私は好きでもない許嫁とかいう男と、したくもない結婚を親にさせられてしまうの。本当に好きなのはあなたなのにね。だから、ちょっとずつで良いから私のことを好きになっていってくれたら嬉しいな』
 僕は何も言えなかったし、なんの約束も出来なかった。例え電話の先にいる彼女のことを未来の僕が愛していたとしても、そんなのは今の僕には関係のない話だった。しかし僕と彼女は出会ってしまった。運命的な出会いではなかったけれど、それよりも衝撃の強い、とても不可思議な出会い方をした。僕は公衆電話のボックスから少し離れたところで、寒そうに手を擦り合わせながら立っている彼女を見た。僕は彼女のことを好きになれるのだろうか。まだ分からなかったし、そんなことは考えたくなかった。それよりも今は上げられた幕をきちんと下ろさなければならない。そのために僕は最後の十円玉を使って電話を掛けたのだから、この通話に集中するべきだった。しかしそうと分かってはいるものの、なにを話せばいいのか僕には分からなかった。
『そうそう、私が知ってるあなたの秘密だけど――」と、黙りこくる僕に、彼女は僕が誰にも話していないある秘密を伝えてきた。それは本当に誰にも話していないし、誰にも話さないつもりの秘密だった。どのような事情を抱えているにしろ、間違いなく彼女と十三年後の僕は好き合っているのだ。
 彼女との電話が切れると、僕は公衆電話のボックスから出た。月明かりがやけに眩しく、もう夜なのに路地はだいぶ明るかった。霞んだ光を放っている街灯の下で、彼女は僕を待っていた。
「君はこれでいいの?」
もう春が近いとはいえ、夜はまだ寒かった。彼女は口元を両手で囲うようにして、ゆっくりと白い息を吐いた。
「私に婚約者がいるというのは本当のことです。私が高校一年生の秋頃に父が決めました。二年前ですね。でも今現在の私も、あの方はあまり好きじゃないから。だったら未来の私に従ってみるのも悪くはないと思うんです。私が好きになる人ですから。勿論その、あなたさえ良ければなんですけど……」
 僕は未来の自分について考えてみた。婚約者と結婚直前の彼女と出会って恋をしても財産もルックスも権力も、あらゆる面で婚約者に敗れ、そして図々しく過去の自分に好きな女性との命運を握らせる。考えてみればみるほど、どうしようもない男だった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9