小説

『花嫁の便り』倉田陸海【「20」にまつわる物語】

 僕は電話の彼女が言っていた女の子を探した。しかし海岸入口近くの砂浜には、一組の恋人らしい男女がいるだけだった。一人でいる女の子はいない。僕は恋人たちと二十メートルほど離れたところに腰を下ろした。靴を脱いで中に入り込んだ細かい砂を捨て、また履いた。
 西湘バイパスを走るたくさんの車のエンジン音が、浜に向かってくる波の音と入り混じって聞こえた。地平線をじっと見ていると、この世はあそこで途絶えてしまっているのではないかと思えた。地球は丸くなんかなくて、海水は毎秒何千トンといった量を宇宙に垂れ流している。
 なぜ電話の彼女の言葉を鵜呑みにしてしまったのだろう、と僕は思った。考えてみれば、こんなにおかしい事もない。僕だけに聞こえる着信音に、電話をしてきた怪しい彼女。なにかの驚異に苛まれている、一人の特別に可愛い女の子。なにもかもが現実ではないように感じられる。それでも、残り一枚となった錆びだらけの十円硬貨のざらついた手触りと、水平線の向こうからやってくる、やけにべたつく潮風を浴びることで、僕は現実世界に留まる事が出来ている。その二つが消失したら、僕は今すぐにでもこの夢から目覚めてしまえるような気がした。
「こんなところに一人で、なにをしているんですか?」
 不意に、背後から声を掛けられた。聞き覚えのある声だった。そして今一番聞きたい声でもあった。僕は立ち上がって振り向いた。そして彼女の顔をじっと見た。
「確かに、特別に可愛い女の子だ」
「馬鹿じゃないんですか」と、心底呆れている風に彼女は言った。電話の時と、全く同じ声で。
 彼女はこの近くにある私立高校のブレザーを着ていた。高校生だったことには驚いたけれど、容姿を自画自賛するだけのことはあった。本当に顔が整っていて、僕が今まで出会った女性の中で一番顔が小さい。髪は肩の辺りまで伸ばされていて、夕日に照らされ所々が甘栗色に変化しながら、潮風に吹かれて柔らかく揺れていた。
「それで、僕は君を何から守ればいいんだ?」
 これ以上謎が深まるのは御免だったので、僕はさっそく要件に入った。まずは電話で話した時の続きをすることにした。具体的なことをなにも知らないのでは、やりようがない。しかし僕の質問を聞いて、目の前の女子高生は本気で困った様子を見せた。まるで僕が死んだことに気が付いていない幽霊で、今から死亡した事実を告げようとしているみたいだった。なにかが変だった。
「正確には守るわけではないです。あなたは、変な伝え方をされたのだと思います」
 されたのだと思います、と僕は頭の中で繰り返す。完全に他人事のような口ぶりだった。そこでようやく僕は、彼女の口調が電話の時とは違うことに気付いた。電話の彼女は、僕に対して敬語を使っていなかったのだ。それでも僕は公衆電話で話した彼女の声を鮮明に覚えている。そして今僕の目の前に立っている女子高生も、全く同じ声をしていた。しかし、どうにも話が噛み合わない。

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