「そう。あのビルの屋上にある大きなサロンパスの看板のふもとまでたどり着けば、渋谷全体を見渡せるでしょう。そこからあの子がカラオケするのを覗いて、タイミングがいい時にYも行っちゃえばいいんだよ」
「え、私もいくの」
「うん」
「まあ、覗き見るっていう点では面白そうだから賛成」
「じゃあ決まり、五時までに計画しよう」
空いた教室の一つの机を二人で囲む。全開になった窓から入り込む風が、窓際に座る私たちを焦らせるかのように、好奇心で火照った肌をなぞってくる。
「まずどうやってサロンパスのふもとまで辿りつくかだよね」
「あのビルの一階になにがあったっけ」
「本屋だよ、たしか大聖堂書店。私よく行くんだ」
「あ、さくらがバイトしているところじゃない。」
「そう。建物の裏の従業員専用出入り口からビルの中にさえ入れれば、あとは屋上まで登ればいいと思わない?」
「じゃあ今日準備しなくちゃならないのは、バイト着か」
「さくらにラインしてみてよ。バイトに興味あるから、って言って、どんな制服なのか写真送ってもらって考えよう」
「あとあれだ、双眼鏡。覗きの商売道具でしょ」
こんなに簡単にうまくいくものなのだろうか。もしかしたら私たちの想像が及ばない範囲で、現実から逃げようとする私たちを陥れる、大人が作った罠があんぐりと口を開けて待ち受けているのではないかとも考えたが、Yとなら大人や社会からだって逃げられるような、そんな気がした。向かいに座るYに目を向けると、私と同じ一連の思考を終えたかのようなすっきりとした顔で、口にだけ笑みを含んで、眉毛をあげた。私たちが今から何をしようと、学校にも社会にも明日はやってくる。もう夏はすぐそこまで来ていて、やっと顔を見せたその夏の気配が私たちを昼間の屋外へ連れ出す。
待っていたLineの着信音がY の携帯から鳴る。
「さくらが写真送ってくれたよ。無地の青いエプロンだ、胸に手書きの名札をつけてる」
「無地なら好都合じゃん。そこらへんでそろえられるね」
それからすぐ学校を後にし、青いエプロンと双眼鏡を買った。用が済んだので、スクランブル交差点を渡って大聖堂書店のすぐ隣にある西村フルーツパーラーで時間を潰す。Yはグレープフルーツのゼリーを、私は期間限定のイチゴパフェを食べる。いつもなら特別な日にしか来ないこの場所が、私たちにいつもとは違う感覚を与え、ご褒美であるはずのイチゴパフェの味をかき消す。緊張からか楽しみからか高鳴る心臓を必要以上に感じ取ってしまうのは、私だけではなくてYも同じでありますようにと思った。