「骨壺。お墓に入れないんですか?」
信子はどう答えればいいのか戸惑う。
「あ、そうか。人殺して、罪も償わず謝罪もせずに自殺した人間の骨と一緒なんて、ご先祖様もお寺さんも嫌ですよね。気味が悪いでしょうね。そんなのもう、人ではないでしょうからね」
そう言って桜井は骨壺をコン、と指で弾いた。妙にその音が響いた。
「この骨壺の天辺にも同じように喉仏が入ってるんですか?」
「……はい……」
その仏は信子が骨壺に入れた。小さな仏様。
「喉仏、って、仏様が座禅を組んでいるように見える喉の骨のことなんですね。娘の火葬の時、初めて知りましたよ。もう二十年も前だけど」
信子はひれ伏したまま、桜井の言葉を聞いた。
「こういうの、逆縁(ぎゃくえん)っていうんですよね」
桜井は鞄をごそごそさせ、中から煙草を取りだした。信子は立ち上がり、あわてて灰皿を探した。何かないだろうか。茶筒の蓋をあけようか、昨日食べたコンビニ弁当のパックでは失礼だろうかとあれこれ探していると、カチ、カチ、と、桜井がライターで着火する音がし、信子はさらに焦った。
信子は自分のご飯茶碗を桜井に差し出そうと振り返った。桜井は仏壇の香炉に煙草の灰を落としていた。
「逆縁。これ、日本だけの言葉らしいですよ。英訳できないそうです。これに当たる言葉は存在さえしないそうです。子が親より先に死んでしまう事。これ以上の不幸はない。だから……言葉がない」
桜井は煙草の煙をホウ、と吐いた。
「そう言う意味では私もお宅も同じ逆縁を経験しているわけだ」
桜井の言うとおりだった。だが二人の感情が相まみえることはない。
「変ですよね……こうして死んでしまえば、人殺しでも仏様ですからね。うちの娘も仏様。こいつも仏様」
と、桜井はまた骨壺をコン、と指で弾いた。
「あなたはこうして仏様と暮らすんですか?」
信子は沈黙した。
「いいな……」
信子は黙ったまま桜井の言葉を待った。
「うちもそうすればよかった。お墓になんて入れないで。ずっとそばに置いて」
桜井は骨壺を見ながら茶をズズ、と啜った。すでに冷たいであろう茶は味がしただろうか。信子は、深いしわを湛えた目尻をこする桜井を思いやる。
「どっちが悲しかったですか?」
「…………え?」