小説

『にじゅうのうた』洗い熊Q【「20」にまつわる物語】

「ええ。題材の人によっては歌詞まで即興で作って……」
「えっ? えっ? えっ? 即興って……今の曲って即興演奏だったんですか!?」
 流石に驚いた。聞き終わった今でも信じられない。最後までしっかりと完成された曲だった。
 詰まりも迷いも一切感じられなかった演奏。言われなければ持ち曲としか思えない。
「彼女はその人の主題みたいな曲を、即興でインスピレーションで作るんですよ。初めて逢った方でも、何も無いところか作曲されるんですが……“にじゅうのうた”は題目がそれだけ決まっていて、後はその人の為の“にじゅうのうた”を演奏すると」
「じゃあ、さっきの曲は僕の為の“にじゅうのうた”と……」
「そう言う事ですね」と店長はにっこりと微笑んだ。
 そう説明されると、あれが自分の為に作曲されたものなんだと嬉しく思える。
 だが不可解で首を捻ってしまう事柄も残る。
「……即興演奏って頼めば誰にでもやってくれるんですか? 彼女は」
「そうですね……ミニライブやイベントの時は余興としてやっていますけど……。あの“にじゅうのうた”だけは、彼女が演奏したい時だけ披露しているというか……変わった理由でそうするというか……」
「変わった理由?」
「ええ、その人がもう直ぐ成人式を迎えるとかは普通に……他には何ですかね。その日が二十日だったりとか、その人のシャツのロゴが二十と書かれていたとか……そんな感じです」
 うーんと考え込んでみるが、自分にはそう言った理由は見当たらない。
 今日は二十日でもない。着ている服にも、そんな二十に関する物は持ち合わせてはいない。
 ――だとするとだ。僕の為に、何の為に演奏してくれたのか。
 ほんの僅かだが、淡い期待を自分の中に覚えてしまう。
「……僕って、彼女と会った事がありましたっけ?」
「え? 彼女とですか? どうでしょう……イベントはちょくちょくとやっていますが。普通に客として彼女が来るのは希ですし……もしかすると有るかもですね。紹介をした記憶はありませんが」
「そうですか……そうですよね。かもですよね……」

 正直、未だに思い出せない。しかし、何の理由もなく演奏してくれたとは思えない。
 もしかして、以前から僕の事を見ていてくれていたのか。それとも何かしら僕が、彼女に印象づけるような行為をしたとか。
 ……考えれば考えるほど深みにはまる。余計な妄想が突っ走って行くだけだった。

 お店入口の呼び鈴が鳴った。新たにお客さんが来たようだ。
 店長が控えめの「いっらっしゃいませ」の声と共に、席へと誘導していた。

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