売れなんだ笠は、家に着く前にどこか川にでも放っていこうか。
バス代だけでも、小遣いはなくなってしまいそうでした。
少年たちは、バスが走り出してもなお、楽しげに語りあっておりました。
うちの小僧どもも、こんな声ではしゃいでいた頃が、あっただろうか。
うぃー、だったか、うぇー、だったか兄弟そろって勝っただの負けただの、そのたびに大騒ぎしたり、なにやらアニメの映画を観てはああでもない、こうでもないと声を張り上げたり。
俺はそのたびに、言っていたやも知れん、
「うるさい、浮かれまくっておるなら、外でやれ」と。
じいさんは、すっかりと傾いた夕陽に顔を向けて、バスに揺られておりました。
ひとり降り、ふたり降り、あの少年たちも降りてしまい、いつの間にかバスに乗っている乗客は、じいさんひとりになりました。
バスから降りたら、また橋を渡って、それから長い山道をゆるゆると登っていくのです。
橋のまん中あたりで、じいさんは立ち止まり、肩から笠を降ろすと、束ねた紐をほどいて、笠のひとつを取り上げ、へりを持ちました。
笠を見つめてさて、投げようかと構えたところ、笠がぷつり、と何かつぶやいたように聞こえました。
じいさんはしばしそのままの格好で立ちつくしておりましたが、気を取り直して笠をまた元通り束ね、肩に背負いました。
山道も中ほどまで来たころ、後ろでなにやらか、ふんふんと鼻を鳴らしたようでした。
じいさんはゆっくり振り向いてみました。
毛が抜けかかり、やせ細った赤毛の野良犬が、細かく鼻をうごめかしてじいさんのすぐ後ろについておりました。
「ついて来るな、何もねえ」
じいさんは、しっしっと手で犬を追い払いますが、犬はそれでもまだじいさんの草履の匂いをかいでいます。
少し早足で先を急ぎましたが、それでも小走りについてきます。
ふと思い出し、じいさんは立ち止まります。
そして、腰の包みをほどいて中から半欠けのむすびを出しました。
半欠けむすびは、か細いながらも、うれしげに笑い声をたてました。
そうか、それで残してくれ、と言ったのか。
じいさんは犬に残ったむすびを投げてやりました。犬はうれしげにわん、とひと声礼を述べてから、座りこんでむすびを喰いました。