小説

『カサジゾウ、的な何か』柿ノ木コジロー(『笠地蔵』)

 それを見送ってから、じいさんはまた歩き始めました。

 足もとに、ちらりと白いひとひらが舞いました。
 じいさんは、ふと空を見やりました。
「寒いと思ったら。まあ」
 頭の上は晴れ渡っているのに、黒々とした雪雲が、北の空を覆っているのが見えました。
 ほどけたようにあいまいな雲の境目が、少しずつ、こちらに向かって伸びてきているようです。 

 見晴らしの良い尾根道で、じいさんはひと息つくため、立ち止まりました。
 この先を少し行ってから林の細道を降りて行けば、もう家に着くのです。
 遠くに見える山々は、まっ白に化粧されておりました。
 もうすぐ沈まんとする日の光が、にわかに山々を茜に染め上げてゆきました。

 桜の枝を、土間に入れておけばよかったな、とその時思い起こしましたが、まあ良いか、とじいさんは道の傍に寄って、一服つけました。

 行きには気にもしませんでしたが、峠となったその見晴らしには、地蔵さまがむっつ、並んでおりました。
 六地蔵さまは今ではだれも拝む者もなく、ただ単に石の塊となってそれぞれ思いおもいの方向にかしいでおりました。頭にはこんもり、雪が積もり始めています。
 急に楽しいことを思いつき、じいさんは、口元をほころばせました。
 かついでいた笠を降ろし、それをひとりひとりの地蔵さまにかぶせて行ったのです。もちろん、丁寧に頭の雪を払いながら。
 雪は意外にも、きらきらした嬉しげな叫びを上げながら、四方に舞い散っていきました。
 地蔵さまは、石なのでもうすっかりしゃべることも忘れているのでしょう、しんと静まりながらも、口元に優しい微笑みをみせながら、笠をかぶせてもらっておりました。
 最後の地蔵さまのところで、じいさん、はたと手を止めました。
 笠がもうないのに、かぶせるものがない。
 じいさんはかぶっていた耳あてのついたロシア式毛皮帽を、最後の地蔵さまにかぶせました。
 その帽子は昔、三郎が出張でロシアに行った時に、親父に似合うだろ、と土産に買ってきてくれたものでした。
 買ってきてもらった頃から、毛皮が可愛い声でしゃべくっておりましたが、全部ロシア語だったので、じいさんにはとんと、解りませんでした。
 しかし、しっくり頭に合っていてじいさんのお気に入りだったのでした。
 それは妙に、地蔵さまに似合いました。
 帽子は地蔵さまの頭がたいそう気に入ったらしく、その上で、よく通る声でロシア民謡を歌い出しました。
 歌声に背中を押されるように、じいさんは藍色に褪めつつある山の道を家路に急ぎました。

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