「んだんだ」
五人目の地蔵さまが呼びかけました。
「おーいじいさん、来年も笠くれろ。したら遊びにきてやろう」
んだんだ、と地蔵さまが帰られていくのが分りました。
ようやくひと心地ついたじいさんがそっと木戸のすき間からのぞいてみると、家から道までやや下っている坂を、なんと地蔵さまがた、笠を仰向けに敷いて上に飛び乗り、
「ひゃっほぉぉぉぉっっ」
スノボよろしく、駈け下っていくところでした。描かれた曲線の軌跡が、ちょうど晴れ上がった月明かりの中、舞いあがる粉雪できらきらと飾られています。
最後の地蔵さまは、横倒しになってゴロゴロゴロと転がって降りて行きました。
帽子が脱げないよう、深くかぶっているのが青白い光の中でも判ります。
かりんか、かりんか、かりんかまやー
か細いロシア民謡が徐々に遠くなってゆきました。
元旦には、あたりはみごと、晴れ渡っておりました。
じいさんはたてつけの悪い木戸を揺すって持ち上げながら引き開け、あまりのまぶしさに目をこすりこすり、表に出て行きます。
昨夜のことは、果たして夢だったのだろうか?
そう思いながら、ふと菰の巻かれた木桶に近づき、そっと菰を取り外してびっくりぎょうてん。
桜が枝いっぱいに、花をさかせていたのです。
「お……」
思わずじいさんは、家の中に向かって叫びました。
「おい、ハツエ、たいへんだぞ!」
ばあさんではなく、名前で呼んだのは、果たしてどのくらいぶりなのでしょうか。
この桜の苗木を植えたのは、確かふたりがここに所帯を持った時でした。
「イサムさん、まあはずかし」
「イサムさん、ハツエさんて呼んでけろ」
「イサムさんとハツエさん、あっちっち」
花々がそうはやし立てて、花弁をふるわせ軽やかに笑います。
そんな声もくすぐったかったのですが、イサムはさらにハツエを大声で呼ばわりました。
「何だって、元旦早々から、まあ」
家の奥からくすくす笑いながら、ハツエが出てまいりました。
これでおしまい、すっとんとん。