小説

『お皿は何枚』三谷銀屋(『番町皿屋敷』)

 主馬はすっかり腰を抜かしてしまい、もはや半泣き状態でへなへなとその場に座り込んでいる。
「「「いちまいいい……たりなあああいいぃぃ」」」
 十の生首が上げる声が部屋いっぱいに反響した。
 お菊の生首達は主馬の周りを跳ね回り、その輪をじりじりと狭めていく。
「やめてくれ……許してくれ……」
 主馬は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら懇願した。しかし、お菊の首は許さない。生首たちは口々に「いちまいたりない、いちまいたりない」と言いながら主馬に近づいてくる。
 生首のひとつが主馬の首筋に噛み付いた。
「ぎゃあ!」
 他の生首も次々に、主馬の腕や足や腹等、体中の至る所に噛みついていく。
「うわあああああ!!」
 主馬は絶叫し……そこで目が覚めた。
 朝日が障子紙を仄明るく照らしている。
「ゆ……夢か」
 主馬は床の中から天井を見つめた。体中が寝汗でびっしょりだった。動悸がまだ収まらない。
 部屋の外で、チチチ、と小鳥の鳴く声が聞こえる。

「お菊!お菊はおるか?」
 主馬が呼んでいる声がする。
 お菊は今にも逃げ出したい気持ちを抑えて主馬の部屋へ向かう。
 昨夜は追いつめられ過ぎたせいか、鷽替えの人形が子供の姿になってお菊を励ましてくれる夢を見てしまった。でも、あの夢のおかげなのか今日は昨日よりも気持ちが大分落ち着いていた。
 どんなに悩んでも一旦割れてしまった皿は元には戻らない。旦那様に正直に申し上げよう、とお菊は腹を括った。いくら気性の激しい旦那様でもお皿を一枚割った位でいきなり斬りつけたりはしないはずだ……多分。
 部屋に行くと思った通り、主馬の目の前には例の桐の箱が置かれている。
 お菊は両手をつき、背中を見せて座っている主馬に向かって深く頭を下げた。
 主馬は何も言わずにチラリとこちらを見る。
「申し訳ございません!私……お皿を」
「お菊」

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