小説

『お皿は何枚』三谷銀屋(『番町皿屋敷』)

 主馬は女中のお菊を呼んだ。三日前、彼女には皿の手入れを命じたはずだった。
 お菊はすぐに来た。しかし、青白い顔でそわそわと落ちつかず、明らかに様子がおかしい。「皿の数が一枚合わぬ。お前が皿の手入れをした時は一枚も欠けずに揃っておったか?」
 主馬の問いかけに、お菊は弾かれたようにその場にひれ伏した。
「申し訳ございません! あのお皿は……私が誤って割ってしまいました」お菊は肩を震わし泣いているようだった。
「それは真か?割った一枚はどうした?」
「割ったお皿は……どうしても言い出せず……私の行李の中に」
 お菊が全てを言い終わる前に主馬は傍らに置かれた刀を手に取っていた。
「ひぃ……!」
 お菊は顔をひきつらせて声になりきらない悲鳴をあげた。
 銀色の刀身が光る。主馬は上から下へ斬り下げた。
 お菊の首が体から離れて座敷に転がった。
「愚か者が……あの皿はお前の命よりも値が高いのじゃ」
 主馬はお菊の死体を見下ろしながら舌打ちをした。

……い……いい……

 不意に主馬の耳に何か耳障りな声が響いた。
 主馬は足下を見てギョッとした。斬り落としたはずのお菊の首が口をぱくぱくさせながら何かをしゃべっているのだ。
「い……いい……いいちまぁああいいい」
 呆然とする主馬の目の前で、お菊の口がぱっかり大きく開いて空気を震わすような声を出した。
「……にぃいいまぁあい……さんまああぁぁい……よぉんまああぁいい……」
 お菊は大声で何かを数えていた。
 カタリ。足下からまた音がした。カタカタカタ……。皿を入れてある桐の箱が小刻みに震えている。
「ごぉおおまあああい……ろおぉくまああぁぁい……」
 ガタン! 大きな音と同時に九枚の皿が座敷に転がり出た。そして、皿は転がりながら主馬の周りをぐるぐると回り始める。
「なぁあなまぁぁああい……はあちまああぁぁぁい……」
 皿の一枚一枚にはお菊の顔が浮かびあがる。
 見ている内に九枚の皿は九つのお菊の生首に変わった。
「「「きゅうううまあああい……」」」
 十の首が同時に声を出した。

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