小説

『お皿は何枚』三谷銀屋(『番町皿屋敷』)

 藁にも縋る想いで手に入れてきた鷽を握りしめ、確かにお菊は、夜、布団を頭まで被ってシクシクと泣いていた。きっと泣きながらそのまま眠ってしまったのだ。
「じゃあ、あんたは……」
「そう。僕は鷽の精霊。天神様のお使いです」
 童子は畏まってちょこんと頭を下げる。その様子が可愛らしくてお菊は思わず笑ってしまいそうになった。
「お菊さんの涙の理由を聞かせて。せっかく僕を頼ってくれたのだから出来る限り力になるよ」
 可愛らしい見た目とは裏腹に鷽の童子の表情は真剣そのものだ。その優しさに、お菊は胸の奥が熱くなるようなありがたさと頼もしさを感じた。
 お菊は秋山家の家宝の皿を割ってしまったことを鷽の童子に話した。
「でもねぇ、割ってしまったものを元に戻すことなんてできないわよねぇ」
「確かに、割れたお皿を元通りにするのは僕も無理だな」
「そうよね……」
 お菊はしょんぼりとうなだれた。
「でもね、嘘のことを本当にして、本当のことを嘘にすることはできるよ」
 鷽の童子は意味の分からない事を言った。お菊が怪訝そうな顔をしていると童子はまた続ける。
「本当と嘘って実はとってもアヤフヤなんだよ。沢山の人が本当だと思えば嘘も本当になるし、皆が嘘だと言えば本当のことも嘘になるんだ」
 相変わらず不思議そうな顔をするお菊に鷽の童子はにっこり笑って言った。
「大丈夫。お菊さんは僕に願を掛けてくれたんだから。願いはちゃあんと叶えるよ」

 どう考えても一枚足りない。
 秋山主馬は眉根を気難しげに寄せてうなった。桐の箱の中に十枚納められているはずの皿は何度確かめても九枚しかなかった。 
 見つからないのは大輪の菊の花が描かれた一皿だ。
 十枚の皿には、それぞれ異なる四季折々の花の意匠が表されていた。江戸でも名高い絵師に注文して描かせたのだ。かなり値が張った。だが、それだけ贅を尽くして作らせた皿は主馬の出世と秋山家の豊かさの象徴でもある。
 主馬は客が訪れる度に十枚の皿を見せては、相手が感嘆する様子にいつも内心にんまりとする。
 その皿が一枚でも欠けたとあっては主馬自身の恥でもある、と彼は考えていた。
「お菊!お菊はおるか?」

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