小説

『影』広瀬厚氏(『草枕』)

「あっ! ごめんなさい。突然暗いこと話して。気にしないでくださいね。そうだ、昼ビストロ亭で食べましょうか。わたしなんだかトキさんに会いたくなっちゃった」いっそう元気に明るく、良子ちゃんが言った。
「うん、そうしよう。それがいい。あっ、しまった。借りた傘持ってこればよかったかな」
「いい、いい。大丈夫、大丈夫。傘くらいいつだって」大きく良子ちゃんは顔の前で手をふった。
 ほんの一瞬だけれど自分は彼女のなかに影を認めた。そんな自分の目に、眩しいほどに明るく愛おしい彼女の姿が映った。

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