二人は焼鳥を堪能して店を出た。しめで食べた茶漬けも旨かった。明日良子ちゃんをモデルに自分は写真を撮ることになった。すっかり雲がなくなって夜空に星が瞬いている。
風のない明らかな空があった。二人は朝の十時ごろ旅館を出て、撮影を意識せずぷらぷらと街を歩いた。時折自分は彼女にレンズを向けシャッターを切った。レンズの向こうには常に彼女の朗らかな笑顔があった。悪くない。悪くはないのだけれど、やはり何かが足りない。自分はそう思いつつ、ファインダーをのぞきシャッターボタンを押した。小さな橋が二人の目前に現れた。ちょっと自分は彼女に冗談を言ってみた。
「それじゃあちょっと裸になってそこの橋の上から川の水面を眺めてもらおうかな」
「えっ! 脱ぐんですか? そんなことしたらお巡りさんに捕まっちゃいますよ」
「あはは、冗談だよ冗談。ん… じゃあ捕まらなかったら脱いでくれるのかい」
「どうしよっかな… こんなおばさんでよければお見せしましょうかね」
「じゃ、それはまたの機会にでも」
「それまでにしっかりダイエットでもしておきます」
良子ちゃんは自分のくだらない冗談に乗り良く返してくれる。そして自分はそんな彼女にレンズを向け、またシャッターを切る。何かが足りない…… と言うよりも、自分は彼女の明るさの中にどこか不自然を覚えだした。しかし… 変なことを言うようだけれど、そんな不自然も彼女の自然の一部なんだと言うような気もする。自然の中にある不自然をカシャリ、自分はまた一枚フィルムに収めた。
ふと自分は晴れた空を見上げ、トキさんに借りた傘のことを思いだした。そして何だか雨の中黒い地味なコウモリをさして立っている良子ちゃんの姿を写真に撮ってみたく思った。しかし彼女の表情がどうしても頭に浮かばない。自分の知る表情でないことは唯一確かなのだけれど。
「もうすぐ昼だね、食事どうしようか」
これと言って特色のない街を二人歩きながら、自分は顔を横に向け彼女に言った。すぐに何か返ってくると思いきや、良子ちゃんは軽く微笑みどこか遠い目をして一言も話さぬ。おや? と自分が思っていると、小さな声で彼女は口をきった。
「あーあ、うちの旅館ももうすぐお仕舞いだわ」
「えっ?」と自分は、短く疑問符を彼女に投げた。
「実はお母さん、元気そうに見えて病気でそう長くないの」
そう言いながらも決して微笑を崩さぬうちに、一瞬、本当にわずか一瞬、良子ちゃんの明るい表情に影がさした。
「それだ! それだよ、何か足りなく感じていたものは。良子ちゃん、とても良い写真を撮ることが出来たよ! ありがとう」自分は胸のうちに彼女を写し、そして胸のうちで彼女に言った。