「えっ、ビストロ亭ですか、うん… でもやっぱり他の店にしましょ。焼鳥なんてどうです?」
「焼鳥ねえ… うん、良いんじゃないかい」
「じゃあそうしましょう。すごく美味しい焼鳥屋さんあるんですよ。あっ、そこですそこ。赤ちょうちん見えるでしょ、ほんとあそこの焼鳥美味しいんですよ」
良子ちゃんは右前方に見える赤ちょうちんを指さし、美味しいを二度強調した。焼鳥が嫌いでない自分は、彼女が美味しいと言う焼鳥に期待をもった。
ビルとビルのはざまにぽつり立つ、時代のついたその焼鳥屋は、十分に被写体としての資格をもっており、店の前で自分は立ちどまり、幾度も心中でカメラのシャッターを切った。
「どうしたの?」
「なかなか良い画を撮らしてもらったよ。良子ちゃんのおかげだ、ありがとう」
「えっ、わたしのおかげって? なんだか分からないけど、じゃあ… どういたしまして。さあ、なかへ入りましょ」
良子ちゃんは茶目っ気に、どういたしましてと言って頭をぺこり下げた。先ほどから自分が何か言うと彼女は、何度か少々驚いた感じに「えっ」と頭につけて返す。その「えっ」の感じが、どう言うわけか自分の耳に愉快に響いた。
焼鳥屋の暖簾をくぐり二人なかへ入った。店内にはモクモクと煙に乗って、食欲をそそる香ばしい匂いが立ちこめていた。さほど広くない店のなか、人の影でうまっていた。
「満席じゃないかい」
「ちょっと来るの遅かったかしら」
良い感じに煤けた壁、柱、梁、卓、椅子、それに人影。入口を背に立つ二つの人影。時が止まって一つの画となる。
「二人?」と、カウンターの中から声が飛んできた。「はい」と、良子ちゃんが返した。カウンターの席を詰めてもらい、どうにか二人座れた。焼鳥を何品か適当に見繕って注文した。ビールをジョッキでたのんだ。
「わたしの写真撮ってくださいよ」
串を手に持つ自分に良子ちゃんが言う。
「上手に写せる保証はないけど… じゃあモデルになってもらおうかな」
「うれしい。プロの写真家さんに撮ってもらえるなんて、小野さんありがとう」
「礼なんて言わなくていいよ。写真家って言ったところで僕なんてさ…… 」自分は最後まで言わず切った。
「またまた謙遜ですか。きっと小野さんならわたしを実際より何倍も素敵に撮ってくれると思うわ、きっと」
「悪いけどそれはないよ。実際より悪くはなってもね、うん。だけどそのままの良子ちゃんをそのままに写せたなら十二分に素敵な作品となることは確かだ。あるがままをありのままに写すことが大切だ。だけどそれがなかなか……… 」と自分はまた、最後まで言わず終わらせた。