「コミュニティセンターはここからなら少し戻ったT字路を右に行けばぁ、たしか」リクミは自分の声が酔いで大きくなっていることに気づかなかった。お婆さんは訝しそうになり、やたらと駅という言葉を繰り返した。
「地名は同じですが、駅からは遠いんですよ」と言って手を大きく広げた。お婆さんはほとんど恐怖といっていいほどの驚いた表情になり、
「間違えました、間違えました」と後ずさりながら、曖昧な強張った笑みを浮かべた。
「ああ、そうですか、ええ」とリクミの声は上ずり、笑みに応じようとするが、不可能だとわかり、踵を返すと急ぎ足で立ち去った。
リクミは女だてらに酔っ払いの往生際を思い、中也の詩を夜陰につぶやいて、その夜どこまでも歩いたのである。
長門峡に水は流れてありき…ああ寒い寒い日なりき。
―――――――――――血液が全部抜かれてしまうような底抜けの気だるさ。
※
アユムのいない昼、商店街へ入っていく、発狂して失踪したはずのラーメン屋のおやじの背を追って。薄暗くて、活気がない。別れた彼氏が、魚を売っている、高齢の担任と出くわす、産婆さんに、あっちであなたを待っているひとがいると、言われて、進んでいくが、頭がぼんやりしてくる、空気が薄くなり、息が切れる、足が膝から重くなり、不安な気持ちになる、まだ先は遠くまで続いているが、出口の光が振り子のように左右に揺れて、膝をついた。このまま、アユムに会えなくなるかもしれないと、霞む視界の向こうに目を凝らすと、右脇に小道がある。そこを這うように進み、アーケードの外に出ると、新鮮な空気が丸く開いた口に吹き込み、肺が大きく膨れた。彼女は風景の何気ない線や色合いが、ちりちりと微細に輝いて、リクミに怪しげに微笑んだ。それから意識がなくなった。
―あれ、アユムはどこだろう―
「いってきます」と弾んだ声に「あぁ」と使い古しの濡れタオルのような呻きで応じたのを思い出す。明け方だった。それから、傷ついたナマズになって白い腹を捩りながら薄暗い泥の洞を潜っていった記憶が、もはや重低音と化した鈍い頭痛とともに蘇る。目が覚めて、リクミは血液が全部抜かれているような底抜けの虚脱状態になっていた。牧野の祖母が亡くなったと聞いたのが金曜日。前倒しで居なくなった牧野の穴を埋めるべく、リクミは高熱を発しながらも獅子奮迅の働きで応えたのだが、月曜日に牧野が復帰すると同時に交代で倒れてしまった。