突然、画面の向こう側が賑やかになった。家族のコントをやっている。「お父さん、ミユキのことは一生幸せにしますから」というと「いや、そっちはお母さん」、「初めましてお兄さん」というと「そっちは姉よ」、兄はウィンクする。そこに祖父が現れ、裏をかいて「お祖母さん」というと「君は目がおかしいのか」と怒鳴られるなど、すれ違いネタをやって笑いをとっている。笑いのポイントがわからず、不思議な気持ちになって眺め、え、は、もしかしてワタシが世間とすれ違ってるの?自分ヤバいじゃん、リクミはひとりで焦り、なんだかプンプンした。
食べ終えて、軽く眠くなり、ぼーっとしていると、
「ママは大口だから早いね」と言いながら、アユムが自分の皿にリクミの皿を重ねて、立ち上がった。
「いいよ、アユムはテレビ観てて」あわてて立ち上がりかけて、椅子の足に小指を打ちつけると、あんぐり口を開けたまま固まり、リクミは痛みが過ぎ去るのを待った。
そのおバカなモアイ像の横を、無表情のアユムが通り過ぎる。なんだかリクミはすこしだけ悲しくなった。
きっちり2分後に、魔法が解けた少女のように、スキップしながらキッチンに飛び込み、アユムと並んで皿洗いをはじめた。彼の洗い終えた皿やコップ、箸などを仕舞う役。
「アユムは、パパと会いたい?」
「どうして」
「そっか」
なんとなくで、繋がる会話。
「学校、楽しい?」
「そこそこね」
「そっか」
こんなんでよかったっけ。ママってこんなんだっけ。打つ手なし。ようやく見つけた事務の仕事もなかなか慣れないし、元ダンのカズヤは今どうしているんだろう、などと感傷的な気持ちになっていた。
―明日、本当に行っちゃうの―
その問いかけだけがリクミの心の奥でぐるぐる回っていた。
※
常磐線の快速は一駅の区間が長い。リクミは腰の痛みを分散させるために、重心を右足から左足へ移し替えた。予備校の総務に、春休みはない。特に医学部受験ともなると、春こそが勝負なのである。朝は早いが、授業に備えて、ホワイトボードを綺麗にし、マーカーのインク残量を確かめておかなければならない。それから生徒対応だ。浪人回数を重ねている生徒も少なからずいる。医学部受験組の生馬は、そんな生徒の一人で、いつもリクミに明るく挨拶をしてくれる。周りも元気をもらっているようで、生馬がいるところには笑いありなのだが、いつも朝はリクミが電話で起こさないといけない。きっと度重なる受験の失敗でメンタルにダメージを抱えていたりするんだろうと、受験をしたことのない中卒のリクミは思っている。「医学部受験は地盤看板の登竜門だから、なにかといたたまれないのよ」そう先輩の牧野さんから教えられて、そんなものかと思ったが、牧野さんは高卒だ。