小説

『ハイクラッシュデイズ』マオドダマル(『奥の細道』)

 あはは、とだらしなく笑って、
 「お茶淹れてきますね」というと、爺は黙ってうんうん頷いた。



 この街に引っ越してきたのが、去年の初夏で、それからすぐに離婚したわけだが、「パパいなくなっちゃうけど、アユムが会いたいなら、いつでも会えるんだからね」というと、アユムはなにやら立体パズルを完成させようと寡黙な作業を続けながら、「ママがいいなら、いいんじゃない」といった。授業参観に行ったとき、担任から「アユムくんは、おとなしいですね」といわれたが、新しい学校に慣れないのか、昔から学校でのアユムはそうだったのか、ぼんやりとしていて、思い浮ぶことがなにもなかった。
 コミュニティセンターから帰ってくると、アユムが居間のテーブルでコミックを読んでいた。
「すぐに夕飯つくるからね。それから食べ終わったあとでいいけど、学校の様子、聞かせてくれる?いろいろあるでしょ。ママも話すことあるからさ」
「無理しなくていいよ」開いたページから目を離さずにそういった。
 「べつに無理なんかしてないよ。コミュニケーションってやつ。また引っ越すかもしれないんだ」
 「ふ~ん」
 将棋の駒のようには、パチパチ進まない。
 冷蔵庫を覗くと、卵はたくさんあったが、青物は少ないし、肉類が僅かに凍らせてあるだけで、買い物をしてくるんだったと思った。仕方がない、モドキ料理でも作るか、と肚を決めて腕まくりをした。
 揚げ豆腐に焦げ目をつけて細かく刻み、嵩増しの具にして、香味野菜を詰め込み、オリーブオイルで雑味をうまく丸め込んだ、肝っ玉かあさんハンバーグだ。今日はこれで許してもらおうと、大皿にどんどんと乗っけた。ごそーッと大きな肉皿をテーブルに滑らせ、アユムに見せつけながら、
 「栄養満点よ~」
 「いただきまあす」
 アユムは味噌汁をちゃちゃっと箸先でかき回す。惣菜をかりかり噛んで、ご飯を攻めた。早く感想が欲しいリクミは、ハンバーグハンバーグと思いながら、なんとなく噛み合わないことが、なんとなく寂しい。リクミは堪え切れなくなりテレビをつけた。お笑い番組にヒット。賑やかさが溢れて、骨がゆるむ。その勢いで、ハンバーグにぶすっと箸を刺すが、一滴の肉汁も垂れてこず、食べる前に口が乾いた。まぁ、私の心模様よね、と自分と妥協しながら、アユムを見る。
 ようやくハンバーグに箸を入れ、ぼぐぼぐと口を動かしてはいる。

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