小説

『母とパとブとポ』三日蘭(イタリア民話『悪魔と三人のむすめ』)

「心臓を絞り血を噴きかけたなら、そいつはお前のものになる。遠い話。田舎の話」最後は眠りながら母親が言った。男が帰ってきた白々しい青い朝、娘らは果物ナイフを心臓に突き刺した。噴き出した血は男の顔にかかり、銀色の眼と鼻が赤く染まった。男はわななき泣いた。母親は横の部屋から犬と静かに出てきて娘らの横たわるのを見、泣く男を見た。犬は無邪気に吠え立てた。男が出て行くのを見終えると、母親はひと泣きし編み物をしはじめた。そしてぶつぶつとつぶやいた。
「お前らは成功したのだ。男はもう二度とお前らの影から離れられない。私はお前らが羨ましい。私は忘れ去られ、生活の中ですりきれ色あせてしまった。栄光の色は消え、常識の膜が眼を覆った。私の愛した男は私のもとを去り、見知らぬ女の子を連れてきた。それがお前らだった」
 マフラーを編み上げると母親は娘を河に葬った。ひと泣きし、家に戻ると編み上げたマフラーを毛糸に戻していった。そしてまたぶつぶつとつぶやいた。
「私はお前らを愛していたのだよ。お前らがしたことは私が望んでできなかったことだった。私はお前らを愛していたのだよ。だから、私は死ぬほど哀しい」
 母親は夕食のためいかを煮始めた。いかは煮崩れ頭がもげた。内臓が新鮮だったので内臓も食ってやろうと母親は思った。そして娘らのことを忘れはじめた。娘などはじめからいなかったのかもしれない。香ばしいいかの香りにオウムが鳴いた。

 お母さん、私、結婚するの
 結婚、するのです
 それは、結婚なのです。けっこん、けっこん
 結婚というものは、神聖なものなのです
 結婚しないと、娘は女になれないのです

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