小説

『母とパとブとポ』三日蘭(イタリア民話『悪魔と三人のむすめ』)

「ミドリさんの息子は不良らしい。あのとしで、バイクに乗って煙草をふかせる。みっともないったら。ああ今日も雨、明日も雨、昨日も雨。胃が痛む胃が痛む」母親は砂糖を舐め続けた。
「髪の毛が逆立って、風が吹いても倒れない。その茶壷からあの人を出して。お母さん、お母さん」ポが青白い顔を痙攣させて言った。
 母親はみかんの白い皮をめくっていたが、それを止めて言った。 
「若い人は、歯噛みをして諦めればいい。忙しくしていればいい。そのうち全てがよくなる。六時間もしゃべり続ける友達を見つけて、家庭の下らぬ悩みを打ち明けるようになる」
 娘らは耳を貸さなかった。三人はミミズのように固まって、男の帰るのを待っていた。男は翌朝戻ってきたが、夜になるとまた出て行き、朝になると戻り、夜になるとまた出て行った。
「精子を子宮にばらまいて、あの人はまた眠りについた」パが微かな声で言った。
「銀色の目は私を見ない。前にあるものと、後ろにあったものしか見ない。銀色の鼻は私を嗅がない。これからの匂いと、ついさっきの匂いしか嗅がない。あの人は過去の女のををする。未来の計画の話をする。その中に私はいない」プが声を震わせて言った。
「子宮から血が吹き出る。孤独で、哀しい。哀しい。経験を積んでかすんでしまった人のしたり顔」ポが胸をかきむしりながら言った。
 母親はしばらくみかんをついばんでいたが、低い声で歌うように言った。
「心臓を絞るように、血を噴きかけたなら、人はお前のものになる、と遠い昔に母が言った。でもそれは遠い昔の話。田舎の話。今日の晩御飯は何にしようか。菊菜、菊菜が腐ってしまいそうだから菊菜をつかわないと。犬の腹の具合が悪い。医者に連れていこうか」
「お母さん、あの人がいない。力強い腕枕はいつの間にか消えてしまった。大男がさらっていったんだ。もう、歯型もない」パが言った。
「心臓を絞るように血を噴きかけたなら、その人はお前のものになる、と遠い昔に母が言った。でもそれは昔の話。田舎の話」母親が子守唄のように歌った。
「こんなに奴隷のように卑屈になって。精液を飲んでもあの人は見向きもしない。ずくずくと跳ねだすこの心の芯をどうしよう」プが言った。
「心臓を絞るように血を噴きかけたなら、そいつはお前のものになると遠い昔に母が言った。昔の話、田舎の話」母親は優しく歌った。
「夢の中は砂嵐だった。あの人は緑髪の女と抱き合い、砂になって溶けた。私は舞台の蛸だった。噴いたものは墨だった」ポが言った。

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