小説

『母とパとブとポ』三日蘭(イタリア民話『悪魔と三人のむすめ』)

「高まる身体は満たされずに、私は書類の判を押すように機械的に頭を前と後ろに振り続ける。あの人はそれを鏡で見ている。薄っぺらい唇を緩ませて、少年のようなあどけない顔に欲望だけたぎらせて、見ている。銀色の目、鼻、美しい人」プが涙を浮かべて言った。
「話を聞かない人。愛しい人。よだれが頭に垂れてくる。哀しい人。月がもう出なければよい。夜さえ来なければ」ポは髪をかきむしり、短い髪がぽたぽたと床に落ちた。
「夏は編物。編物をすればよい。産毛の濃い毛糸を一つ一つ噛み合わせて、可愛い犬の衣装を作るといい。安物の食器を磨くといい、包丁を研ぐといい。洗濯をするといい。早く忘れてしまうといい。愛情も情熱も理想もややこしい。うろこを全部研ぎ殺げばなまずのように楽になる」母親の毛糸の玉はまるまると大きくなり西瓜のようになった。
「闇の這う夜中、こめかみを針でつかれた気がして目を覚ますと、横にいる筈のあの人がいない。お母さん、あの人を出して、あの人はどこ?今度こそ、花瓶を私にいれてやる。そうすれば、あの人は帰ってくる。私は結婚するの、結婚するの、お母さん」パはマンゴーを齧り泣いた。
「あの人は朝になると帰ってくる。長い髪を股間にべたべたと絡ませて何食わぬ顔で食事をする。私と違う髪の色。褪せない緑、保護色の緑。私がゆだてた青梗菜が、あの人の喉を通りあの女の腸を通りあの女をまた緑色にする。私は結婚するの、結婚するの、お母さん」プはオウムを肩にとまらせ泣いた。
「象に乗ってサーカスの来た晩、あの人はあの女といた。ステージの蛸を見て、笑っていた。私を笑っていたのだ。私を蛸のようだと言ったのだ。あの青ぐねったい生き物。その瞬間私は蛸になったのだ。笑う観客を見て、私は優しく媚を売ったのだ。私は結婚するの、結婚するの、お母さん」ポはロバの骨を抱き、泣いた。母親はみかんを食べ終わり静かに言った。
「眠ればいい。そして朝起きたら朝食を作ればいい。その後夕食の献立を十も考えて、何時間でも悩むといい。隣の家の垣根から木の枝がはみだしていると怒ればいい」
 その夜母親は鼾の交じった寝息を立てた。娘らは眠れず床下でなめくじの這いずるのを聞いていた。
 三日後、男は朝になっても帰ってこなかった。母親は炬燵に足を入れていたが娘らはいらただしげにうろついた。
「どうしてあの人ははここにいないの?がたがたと血液が震え上がる。身体の芯から気を失ってしまいそうだ。お母さん、お母さん」パは目を血走らせて言った。
「あまり知る人はいないんだけれど、ヨーグルトの粉を砂糖にまぜると砂糖は固まらない。固まらないと困らない。砂糖はいつも固まっている。固まっていない砂糖などない、だからこれは砂糖ではないのだけれど、それでも甘い。とても甘い」母親は砂糖をなめた。
「にっこり笑うと笑顔がひきつる。ひきつると、足が硬くなって、とても硬くなって。あの人はどこ?お母さん、お母さん」プは真っ黒な隈を伸ばして言った。

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