小説

『母とパとブとポ』三日蘭(イタリア民話『悪魔と三人のむすめ』)

 母親は小さな目を見開いて言った。
「母さんは、私たちの結婚式のためにいかを料理してくれる」
「いかはどろんと曇っている」
「臓器がずるりと落ちる」
「私たちは結婚する」
 娘たちはそう言って痛んだ髪を振り乱し飛び跳ねた。床下で柱をとかしていたなめくじは驚いたが、触覚をうねらすとまたゆらりと柱にしみついた。
 娘らの結婚式は盛大に行われた。その盛大さは遠い国の駱駝が噂するほどだった。
「ねえお母さん、あの人は美しかったでしょう。あの大きな耳は不恰好だったけれど、二千里もある海の底の色のような深い紺袴がねずみ色の目によくあった。ああ夢にようだった。歯型が一つ増えた」袖の擦り切れた花嫁衣裳でパが言った。
「私はいかを料理した。一杯三百円のいかだった。内臓がどろりと出ると、いかは私を見るのをやめ急に材料になった。花嫁は陽気に食べた。花婿の目は多少悲しそうだった。若い頃はよかった。いかの目さえ怖くなかった。ああまた雨だ。六月には雨が降る。六月には雨が降る。洗濯物が乾かない」母親は黄ばんだ毛糸のマフラーを編みながら言った。
「神酒を空けるとき、あの人は盃を噛んだ。かつんという音がして、私は閉じていた目を開けた。あれは何の合図だっただろう。砂嵐の来るところに一緒に住もうとあの人が言った。私は痙攣するようだった。私はとても幸福だった。あれ以来瞼から黄色い影が消えない。お母さん、私は高い空気の薄いところにいるようなの。耳から口から鼻から砂が入って砂柱になってあの人と崩れ落ちても構いやしない」プが上向いた鼻を曲げながら言った。
「二十歳のとき、締め上げられるような期待を持っていた。目を閉じると光が交差してはじけるようだった。身体から血が吹き出る想像に性器が疼いた。どこへ行ってしまったのだろう。どこへ来てしまったのだろう。今はもう雨だけが、耳にこびりついて離れない。この馬鹿犬。また家の中でしっこした。しっこするなら外へでろ。馬鹿は一生馬鹿のままで、私は一生私のままだ」母親は長い長いマフラーを編んでいた。
「あの人の可愛い睫毛を今夜、一本一本抜いてあげよう。丁寧に、痛くないように抜いてあげよう。そして歯型を体中につけさせてあげよう。山のあなたに、その穴に、私はあの人と落ちていく。遠く遠くへ落ちていく」ポは犬の毛を優しく抜いてやりながら言った。
 娘らの結婚式から一ヶ月がたった。太陽が名前を変えた。商人は自らの首をしめた。作物が実を太らせた。娘たちはすっかりやつれていた。母親は椅子に座り黄ばんだマフラーから毛糸を取り戻していた。
「娼婦であったって構いやしない。あの人を満足させるための道具であったっていい。ああ、でも私のあごは毎晩毎晩外れそうだ。喉を突かれるごとに、苦しくて涙がでる」パは溜息まじりに言った。

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