小説

『SFA‐20 ~立ち枯れた脳~』 蟻目柊司【「20」にまつわる物語】(『ピノッキオの冒険』)

「中には、お持ち帰りになられるお客様もいらっしゃいます。標本にして、記念品として飾られるとか」
「なんだか気持ち悪いな。へその緒みたいで」
「あるいは、当社で下取りサービスも行っております。旧式の脳のご提供で、ご料金を二割引とさせて頂いております」
「それはいいな、ぜひお願いします」
「かしこまりました」
「ところで、その使い古しの脳は、何に使うんですか?」
「再利用に関しては別の業者に引き渡すもので、詳しいことは存じ上げません。中古の作業用アンドロイドに積んで公共事業に役立てるような話は伺ったことがあります」
「なるほど、不要なものが社会の役に立つなら何よりです」
 薄れゆく意識の中で、俺はこの会話を聞いていた。スタッフと話しているやつの声は電子音声だったが、口調と内容からして、恐らくは俺自身だった。ハードディスク上に再現された俺。俺の身体を使って、この先の人生を歩んでいくだろう俺。そして、本当の俺は捨てられようとしている。いや、自分で自分を捨てようとしている、か。
 冗談じゃない。俺は叫ぼうとした。暴れ、逃げ出し、助けを求めようとした。しかし全ては無駄に終わった。麻酔薬はすでに全身に回り、俺は指先ひとつ動かすことさえできなくなっていた。そして、恐怖と不安と焦燥の中で少しずつ、意識を失っていった。

 次に目覚めたときには、もう埋立地にいた。
 俺の身体は錆びついた機械になっていた。その日からずっと、まったく変化のない毎日を送り続けている。壊れるまで終わらない機械的な強制労働は、生身の脳にとって余りにも辛過ぎた。久美子のもとへ帰る、ただその一念で耐えてきたが、もう、終わりが近いようだ。
 ゴミの山の向こうから近づいてくる一団が見える。自動運転で走る自衛隊払い下げの軍事用トラックと、荷台に乗り込んだ数機の警備用アンドロイド。彼らを先導するのは、あのハエのような口うるさいドローンだ。
 まもなく訪れる死を前にしても、俺の脚は震えない。手に汗握ることもない。複眼カメラから涙は流れないし、鼓動を打とうにもそもそも心臓は持ち合わせていない。
 感情というものの存在を忘れかけていたが、脳だけで感じるものではないのだと今さらになって気がついた。思い出す。初めて久美子を抱きしめた時の、鳥肌が立つような喜びを。柔らかな身体の温もりを。
 死ねない。死ぬわけにはいかない。俺にはまだ、会わなければいけない人がいる。会って伝えたい想いがある。
 俺は走った。ゴミの山を駆け上がり、転がり落ちながらも逃げた。
「SFA‐20。止まりなさい」

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