小説

『鬼の営業部長』金田モス【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

 春うらら。草木が芽吹き、変態さんが小躍りするという季節。もとをたどれば大した根拠はないのだろうが、なぜかこの国の1年は春から始まる。たゆまなく永遠に続く間延びした日々をばっさりぶった切ることにより、また循環していることをこと更に騒ぎ立てることで、なんとかやり過ごしている。そんな古の人々の知恵なのか、巡ってくれる季節はいつか巡ってくる居場所と出番を仄めかしてくれる。ソメイヨシノが散った川面は海まで絶えず、温暖化でその速度は緩やかになり、桜が紅葉にかわっても、花が団子になることはない。
 それにしてもこの陽気はどうだろう。たしか20日前には20年に一度という寒気が日本海では落としきれないくらいの湿潤を抱いたまま関東平野に広がり、到着時刻が数分違うだけで管理者が始末書や辞表をしたためるほどストイックな交通システムを無力化した。それがどうだ。眼下に見下ろす隣のビル。屋上庭園の菜の花に蝶々が舞っている。
「おいオマエ聞いているのか?」
 はじまった。50前後という年齢にしては脂身の薄い顔を赤らめる鬼の営業部長、鹿島明男。大学の時分、テニスでインカレに出場した腕っぷしの太さと螺髪のような癖毛。今日もスケープゴートはマーケティング課長の犬養。この光のどかな春の昼下がり。犬養でなくとも仕事の話など身に入るわけがない。
「あいつまたやられてますね、彼の場合聞いてないのではなく、たまに思い出したように部長のコメントに噛みつく、その絶妙な間の悪さといえば神ワザ級、間がうんうんというか周りの雰囲気を鑑みずいいたいことを言いまくるというのは、部長も一緒ですが人間、自分の嫌なところと同じ属性を他人の中に見いだすとムカき、そいつに怒りを覚えるといいますね」
 耳打ちする茂木なる30歳前後の後輩。茂木は今目の前で公開処刑されているマーケティング課長を補佐すべき立場なのだがずいぶんな突き放し様。大学時代、雄弁会に所属、1年の時に埼玉県大会で入賞したとかいう弁の立つ男。どうも滑舌のよさと小気味よいテンポに聴きいってしまうこともあるが、たいしたことを言っていないことが多い。小柄で小顔で二の腕の毛深い。
「それにしても今日の鹿島部長は激しいですね、花咲く季節というのは生き物的にムズムズするのですかね、というか、このオーナーでも役員でもないのにトップセールスとかいって、実務にパラサイトするのはいい加減やめてほしいな、暇なら部長室でも作って引きこもってくれリャいいのに」
犬養の態度に対する単純な感情の迸りでは、さすがに大人げないと思ったのか、矛先を、商品が売れないのは犬飼が仕切るマーケティングがまずいからだ、と職務上の問題に昇華させた。すかさずプロモーション課なる部署のプロポーション抜群な女性社員、岸が関連資料を手渡す。見入る鹿島。
 「こういった俯瞰的な視座が必要だな、まあ、現状分析の裏付けとなるデータの分母に妥当性を欠くので、マーケから数字もらって組み直せ、というか、これはマーケの仕事だろ、もっとしっかりしろや」

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