小説

『鬼の営業部長』金田モス【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

 というか、オレにはそもそもプロモーション課というのがどんな括りの組織なのかがわからない、会社きっての才女とうたわれるコネ入社の岸をはじめとし、ナゼか女性だけの組織。女性の感性を活かし女性が活躍する会社を目指し社長自らの下命で組成されたらしいのだがその職務分掌がよくわからない。ただ、毎回紛糾する営業会議の終盤に資料を投げ込んでくる。おおむねその資料が長い会議を終わらせる。
 太い眉毛の端をわかりやすく下げ、うつむき加減になる犬養。その表情に満足したかのように鹿島部長の長い職業リンチが終わった。会議もそこで終了、参列者が資料等をまとめ、関わりたくない誰もが一刻も早く、それでいいて目をつけられない絶妙なテンポで会議室を後にする中、鹿島営業本部長に呼び止められる。窒素ガスを吹き付けられ瞬間氷結した春の萌芽が、瞬時に粉々になって視界を掠める思いがした。

「いや太郎さんすごいな、期待されているってことですよ、部長じきじきで仕事を承るなんて」桃山太郎という名前。外交官をやっているデキのよい花子という姉がいてその名前の成り行きで太郎と 名づけられた。その姉とは20以上も年齢が離れているため生まれて以来、数度しか会ったことがなく、そのいずれにも具体的な記憶がない。明治生まれの父親は自分が生まれる前に他界。かなりの高齢出産だったうえ女手ひとつで育ててくれた母親は十数年前に亡くなった。彼女の死はちょうど就職活動をしていた時期だった。ITバブルが崩壊しこの国が再び長く混迷した時代に突入していて、おかげで、そこそこ知名度のある東京の私大を卒業したにもかかわらず、売り上げ不振を冗長な会議でお茶を濁すような食品会社に入社してしまった。
「花見の仕切なんて新入社員がやらされることだろ」
「昔の中国では地方で葬式とかその手の儀式を執り行っていた人物が後に絶対的暴君を支える宰相なんかになったのですよ、まあ途中で怒りをかって惨殺され、そいつの葬式を執り行ったやつに栄誉をもっていかれたっていうケースも多いらしいですがね」
 若手の有望株だった犬養課長が同じ役を承り、社長お気に入りの日本酒を発注し忘れたことで今の地位に落としめられたことを知っているのだろうか。
「でも大丈夫ですよ、私がフォローします、まあ社内行事のアテンドなんて、おっしゃるとおり新人がやること、太郎先輩の手を煩わせることもないです、失敗すると部長の顔に泥を塗ることになり、責任者は栄達の道が未来永劫閉ざされる、ゆえに同じ営業部、直属の下僕、太郎さんに申し付けたのでしょうが、大丈夫です、私がついていますから、犬養課長にも許可とりました。」
 たしか犬養課長の案件で社長の日本酒の発注を忘れたのが茂木だった気がする。それにしてもよくしゃべる。呪文を唱えるとこめかみに食い込む鉄の輪でも巻きつけてやりたい。

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